望公太最新作「最強喰いのダークヒーロー」WEB小説風・試読版~第1回~(全4回)

20160608dark_obishoei

 

最強喰いのダークヒーロー

作者:望公太

 
 世界中の学生『攻魔騎士』が青春のすべてをかける異能武闘――『ソードウォウ』。その大会に、圧倒的な連戦連勝、世紀の大番狂わせを起こすダークホースが現れた。その名は阿木双士郎。卑怯・卑劣とそしられようと、勝つためにあらゆる手段を尽くす最弱にして完勝の男。

 この物語は、そんな双士郎が弱者のまま頂点へ至る、悪党主人公のジャイアントキリングストーリーである。


 次の話>>

 プロローグ

 少年にはなにもなかった。

 選ばれし者ではなく、持たざる者だった。

 

 生まれながらの落第者で、笑えるほどの敗北者だった。

 

 どんなに手を伸ばしても届かない。

 

 足掻いても足掻いても報われない。

 

 頂点に立つに相応しき血筋に生まれ、『最強』の名を恣(ほしいまま)にする存在から徹底した指導を受けたにもかかわらず――凡人の域にすら達しなかった。

 

 どうしようもないまでに才に恵まれなかった少年は、とうとう劣等の枠から抜け出すことはできなかった。

 

 運命はあまりに無慈悲で、世界はあまりに残酷だから。

 

 少年は己の無能を嘆き、無責任な周囲に絶望し、非情な運命を呪い――
 そして、世界に復讐することを誓った。
 凡人は天才には勝てない。

 

 弱者は強者に勝てない。

 

 そんな必然の理へと反旗を翻し、不安定に秩序だった世界を虚仮にする。

 

 残りの生の全てを、ただ復讐のためだけに費やすことを決めた。

 

 そのためならば、手段は一切問わない――

 

     ≠

『常夜島』

 

 太平洋にポツンと浮かぶ人工の島は、軍事拠点だった頃の名残でそう呼ばれていた。
 半世紀ほど前までは死と闘争で溢れ返っていた島も、今では様々の企業による再開発が進み、多くの人間が暮らす海上観光都市として賑わっていた。

 

 その島の東端には――広大な敷地面積を誇る学園がある。

 

 島面積のおよそ百分の一を締める巨大学園は、名を私立聖海学園という。
 有能な攻魔騎士を育成するために作られたその学園は――本日、熱狂の始まりを迎えようとしていた。

 

『――さあ! 今年も血沸き肉躍る季節がやってまいりましたよ、ご学友の皆様! 全世界の学生攻魔騎士が覇を競い合って頂点を決する武の祭典――「祓魔祭(カーニバル)」! その出場選手を決定するための校内選抜戦――その予選が、本日よりスタートです!』

 

『わー、ぱちぱちー』

 

『悪魔との戦争が終結して早半世紀……記念すべき戦後五十周年となるこの年に、校内選抜戦を勝ち抜いて、我が校の代表者となるのは果たしてどの生徒なのか!? あ。ちなみに、今日の第四闘技場(スタジアム)の実況は不肖私、二年、文倉燕(ふみくらつばめ)が勤めさせて頂きます! 解説は……聖海学園序列六位にして、我が校が誇る大人気アイドル、「かみゅーん」こと、神峰弓(かみねゆん)様に来ていただきました!』

 

『ちょ、ちょっと止めてよ、燕ちゃん。そういうの恥ずかしいからさ……』

 

 実況席に座る二人の女子の声が、円形の闘技場へと響き渡る。
 潮の匂いを孕んだ風が優しく通り抜ける観客席には、満員とまでは行かないが、それなりの数の生徒が座っていた。

 

『思いの外生徒が多いですねー。上位序列入り(ランカー)が出ない予選なんて、席の四分の一も埋まればいい方なんですが。これはやはり、今夏歌手デビューも決定している「かみゅーん」の美声を聞こうと、集まった者が多いのでしょうか?』

 

『もうっ、違うでしょ、燕ちゃん!』

 

『あはは。失礼致しました。そうですね。「かみゅーん」ファンの方もいなくはないようですが……多くの方の目的は、やはり彼女のようですね』

 

 実況者の言うとおり、すり鉢状の観客席に集まった生徒達が向ける視線は、アリーナの中央に立つ一人の少女へと集まっていた。

 

 美しい少女である。

 

 迸る雷光を思わせる金色の髪と、凛とした眼差し。まだどこか幼さが残る顔立ちだが、ピッチリとしたGP(ゲームプレイング)スーツに包まれた肉体は女性特有の起伏の激しく、なんとも言えない妖美さを醸し出していた。

 

 攻魔騎士同士が武器を手に戦う格闘競技――『ソードウォウ』の公式規定(オフィシャル)に則り、彼女の体には五つ『的(ライフ)』が装着済み。

 

 右手、左手、右足、左足、そして胸部。

 

 手枷にも似た『的』が装着された右手には、華美な装飾が施された細剣が握られている。これもまた大会規定に則った、六連の魔機剣(リボルバー)であった。

 

『「閃雷の騎士(オブライトニング)」リザ・クロスフィールド! 今年聖海学園に入学した話題の新入生です! みなさんもご存知の大企業――クロス社のご令嬢にして、昨年度の欧州中学生大会の覇者! 鳴り物入りのスーパールーキーの初戦に、多くの生徒が興味津々のようですね』

 

「……ふん。くだらない」

 

 華やかな美貌を誇る少女――リザは、大音量で語られる自分の情報に対して、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「経歴や生い立ちなんて、なんの意味もない。戦場(ここ)に立つ以上、勝った負けたの結果だけが全てなんだから」

 

 一人呟いた後、対戦相手の男へと視線を移す。
「聞いたわよ、あんた――早漏なんですってね?」
 その口元には、茶化すような笑みがあった。

 

「なんでも、全っ然保たなくて、すぐに終わっちゃうとか……。はん。男のくせに情けないわね。棄権するなら今のうちよ?」

 

「…………」
 挑発を受けても無言を通すのは――オセロのような風体の男であった。
 全身は黒尽くめ。五つの『的』を装着したGPスーツも、手に持つ六連の魔機剣も、黒一色で統一されている。

 

 対して頭髪は――白。

 

 色素という色素が抜け落ちてしまったかのような、白い髪。どこか薄汚れた印象を受ける白濁した髪色は、燦然と煌めくリザの金髪とは対照的であった。
 白と黒のコントラストが際立つ風貌の男は、そよぐ風に白濁した長い髪を揺らしつつ、幽鬼の如く戦場に佇んでいた。

 

『大注目のクロスフィールド選手の対戦相手は……三年生の阿木双士郎(あぎそうしろう)選手です。えーっと、阿木選手には関しては一切の情報がありません。というのも、彼はこの三年間、一度として戦っていないからです』

 

『一度も?』

 

『はい。公式非公式含めて、一度も。校内選抜戦にエントリーしたのも、最終学年となった今回が初めてですね。というか彼の場合、攻魔騎士としての才覚や技倆の問題で、選手として戦えるレベルに達していないようで……』

 

『ふうん』

 

『適合者(キャリア)資質は、最低のカテゴリE。授業の成績も散々。基礎技能であるフレアの発動時間があまりにも短いせいで、一部では「早漏騎士」と揶揄されているとか……』

 

『あー、聞いたことあるかも。三年に、そういう先輩がいるって』

 

『こう言ってはなんですが……阿木選手は、おそらく思い出作りが目的かと思われます』

 

『なるほどねー。でも、思い出作りだとしても精一杯頑張って欲しいなあ。最後まで諦めなければ、奇跡が起こるかもしれないもんね』

 

『そうですね。阿木選手にも、どうにか奮闘して欲しいところです。スーパールーキー相手に、「的」の一つでも破壊できたら立派なものだと思います』

 

 実況席の二人は、まるでリザの勝利が確定しているような発言を繰り返す。
 そう考えているのは彼女達だけではないだろう。
 会場にいる者の大半が、リザ・クロスフィールドの――いずれ自分と戦うかもしれないライバルの初戦を見るべくして集まった者達だ。

 

 すでに決している勝敗など、誰も興味はない。

 

「ふん。思い出作りだかなんだか知らないけど、私はそういう甘ったれた考えで戦場に立つ奴が一番嫌いなのよ」

 

 攻撃的に言い放ち――そしてリザは、体内で練り上げた魔力を一気に解放した。
 黄金に輝くオーラが、彼女の全身を包み込む。
 頭から爪先まで魔力が行き渡り、肉体を構成する全ての細胞が活性化。体外に放出した魔力は、淀みなく体表を循環する。

 

『おーっとクロスフィールド選手、なんと魔弾を消費せずに魔力解放(フレア)の状態となりました! 全国レベルでは必須技能と言われる、魔弾不使用(ノーバレット)のフレアですが……さすがは欧州の覇者、なんなくやってのけてくれます』

 

『綺麗なフレア……。「攻魔騎士はフレアに始まりフレアに終わる」とも言われるけど、今の一連の魔力の流れを見ただけで、彼女が一流だってことがよくわかるね』

 

 体内で渦巻く魔力を動力源とし、体外に迸る魔力を鎧と化す。

 

 悪魔の到来より世界に溢れた魔の力と適合できた人間――適合者(キャリア)にのみ許された、攻防一体の戦闘技法。それこそがフレアである。

 

「この国にはこういうことわざがあるらしいじゃない? 『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』とか。ふふん、いい言葉ね。私も、相手がどんなに雑魚だろうと決して手を抜いたりはしないわ。けちょんけちょんに叩き潰してやるから覚悟しなさい!」

 

「…………」
 白髪の男は、やはり口を開くことはなかった。
 やがて時刻となり、試合開始のブザーが、開戦の合図を告げる。
 聖海学園一年・リザ・クロスフィールド。
 聖海学園三年・阿木双士郎。

 

 双方にとって高校デビューとなるその戦いが――全ての始まりだった。

 

 これより世界は、阿木双士郎という名の『最悪』を知る。

 

『最弱』で『最低』な、『最悪』の存在を思い知らされる。

 

 高等学校最高学年の夏。
『ソードウォウ』高校生世界大会――『祓魔祭』に出場するための、最初で最後の機会。

 

 この一夏のためだけに、彼は全てを賭けてきた。

 

 不出来な劣等生と蔑まれようとも、『早漏騎士』と陰口を叩かれようとも、物言わぬ木偶の坊のような学生生活を送りながら――虎視眈々と牙を研ぎ続けてきた。
 我が物顔で闊歩する大物共の喉元に、深々と突き立てるための牙を――

 

 

 次の話>>