「中野キッドナップ・カンパニー」シーンカットVol.2

中野は「中華そば 青葉」が好き、サトです。
7月の新作、森田陽一先生×しらび先生が贈る異能アクションストーリー「中野キッドナップ・カンパニー」



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こちらの各キャラのシーン紹介企画。
2回目はヒロインの少女、六根雫(りくねしずく)。
彼女は、主人公である斜たちの“誘拐屋”に狙われます。

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その異能は【ビーズ】として「人の欲望」を見ることができる能力。
そして、その欲望を暴走させることもできてしまいます。
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■第4章より/“誘拐屋”柚木春と互いに質問をする雫
「学校の成績はどのくらい?」
「普通ぐらい。悪くはない、多分。じゃあ、質問するね。春は会社勤めとかじゃないの?」
「違う、と言っておきましょう」
「斜は雇ってるわけじゃないの?」
「――この質問は二連続だけど、特別に答えるわ。斜には給料も払ってないし、ただ手伝ってもらってるだけ。まぁ、なんだろ? 居候なのかな、あいつは」
「ふぅん」
「じゃあ、私の質問。ときどき、手を振るのは何?」
「…………」
「別にパスしてもいいよ」
 もし、雫がパスをしたのならば、それはそれでやりようはある。だから、問題はない。
「――いや、答えるよ。斜には説明したし。信じてもらえないだろうけど、ウチはこうすると、人の欲望みたいなものが分かるんだ」
「へぇ」

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 春は信じていない風――中学生が馬鹿を言っているな、という感じを装って相づちを打った。六根雫は兼崎の案件だし、彼女がそういうことができてもおかしくはないということは分かっていた。それに、昨日、斜からも同様の報告が上がっている。
「次はウチの質問だっけ? そんなに聞きたいこともないけど――春は日本人?」
「国籍も生まれも日本。アメリカ人と日本人のハーフ。まぁ、私はアメリカってグアムしか行ったことないんだけどね。じゃあ、次の質問。さっきの続き。私は何を欲しているの?」
 春はテーブルの上で頬杖をついた。
「――ウチが本当に人の欲しいものが分かるか、確かめたいわけね」
 雫が挑戦的な笑みを浮かべる。
「まぁ、そういうこと」
「じゃあ、質問変えてもいい? 人間って、同時に色々なものを欲しがってるから、ただ欲しいもの当ててもあんまり説得力ないんだよね」
「いいわよ」
「じゃあ。今、この周りにある店のメニューから一つ食べたいものを選んで。ウチがそれを当ててあげるよ」
 春は首を動かして、周りの店を見る。フードコートには十数軒の飲食店がある。
(うーん。ご飯食べたばっかりだし、あんま食べたいものもないけど……あれにするか)
「決めたよ」
 春が伝えると、雫がさっと二回手を振った。そして、小さく笑った。
「別にフェイント仕込まなくてもいいのに――レストランのお刺身の定食でしょ」
「…………正解」
 春は驚きを隠せなかった。フェイントを仕込んだというところまで完全に正解だった。春は視線や自分から発せられるその他の情報で雫が正解を類推できないよう、あえて、ここからは見えないフードコートの店ではないレストランのメニューを選んだ。そして、雫はそれを当てたのだ――間違いなく、彼女の能力は本物だ。何より驚異なのは、正確すぎることだ。彼女のそれは、なんとなくそんな感じがする、レベルではなく、ほとんど言語に近い正確さで情報を読み取れるようだ。
「じゃあ、次はウチの質問だね。斜はなんで学校に行ってないの?」
 雫が少し得意げに聞いた。
「パス――というより、斜のことは彼の許可なしには答えられない。答えられることもあるけど。だからほかの質問にして」
「分かった。…………春は彼氏いるの?」
「すごいところに質問飛んだね。彼氏はいない。次の質問は――その欲望ってのはどのくらいのことが分かるの? 範囲というか。質問が曖昧でごめんね」
「割となんでも分かるよ。その人が抱いた感想とかは分からないけど、したいとか欲しいって感情なら大抵。人の考えの五割ぐらいは分かる感じなのかな? よく分からないけど」
 予想以上だった。春は軽く自分がいつも考えていることを思い出してみる。そして、大抵の思考は欲望や欲求といったものに繋がっているのではないか、と思った。今のこの思考だって、雫の能力の範囲を知りたいという、ある意味、欲望だ。一体、どこまでが欲望で、どこまでが感想に分類されるのかは見当も付かない。
「次はウチの質問だね。春は斜とはどういう関係なの?」
「――私が保護者ね、で、彼には仕事を手伝ってもらっている。そういう関係。血縁とかはないわ。まぁ、色々あって彼の面倒を見ることになった。色々の内容はやっぱり言えない」
(随分と斜に関する質問が多いな――一緒にいた時間が長いからか? それとも、何かほかに気になる理由でもあるのか?)
 春は今の考えを悟らせないよう、再度コーヒーに口を付ける。――もっとも、雫が人の望みを分かるというのなら、こんな行動を取ったところで、考えはバレているかも知れないが。
「……じゃあ、次は私ね。クラスのあれ、どうやったの?」
 これこそが聞きたかったことだ。あの状況を作り出したのは十中八九この少女だろう。だからこその依頼だ。兼崎は六根雫を野放しにできないから〝誘拐屋〟に人攫いを頼んだのだ。
「――」
 雫は黙ったまま何も言わない。しかし、話す気がないわけではないだろう。言いたくないのならば、パスをすればいい。パスはルールとして設定し、春自身行使してみせた。
「…………ウチは特に何かをしたわけじゃないんだよ。ただ、教えてあげただけなんだ。本当の望みっていうのかな? 人生の目標みたいなものを」
 春は、よく分からなかったので黙っている。多分、雫の方も分からないだろうな、という気持ちで言ったのだろう。
「なんかね、人の周りには小さい球――さっき当てた食欲みたいなのが分かる球が浮いてるんだ。ウチはそれを【ビーズ】って呼んでるんだけど。で、そのほかにも人を覆うぐらい大きい【ビーズ】があるんだ、色がほとんどなくて目をこらさないと見えないんだけど。その大きい【ビーズ】――ウチは【到達のビーズ】って呼んでるんだけど、それは、その人の人生の目標みたいなものなんだよ。これは人間にしかないんだけどね。動物は小さい【ビーズ】しか持ってなくて、虫とかには【ビーズ】すらないんだけど」
「雫は【到達のビーズ】の内容を教えてあげたわけね」
 だが、それでは、クラスに人がいない理由を説明できない。
「そう。その人生の目標はさ、自分では絶対に気付けないものらしいのよ。見て見ぬ振りをしているっていうか。やっぱ、色々あるじゃん。夢とか希望を諦めなきゃいけない理由って」
 春は、中学生のうちから諦めなきゃいけない夢なんてあるのだろうか? と一瞬思ったが、実際問題、中学生だって、数年先には高校受験が控えていて、その三年後には大学受験が待っている。自由に夢を追いかけられるような立場ではないのかも知れない。それに、学生時代、教室には夢を追いかけるのは馬鹿らしいという雰囲気が蔓延していたのを、春は覚えている。妙に達観しているというか、しらけているというか、そういうムードが思春期の教室にはあった。そして、その考えに同調しなければならないような空気も。
「で、ウチがそれを教えてあげると、その人はもう……それしか見えなくなっちゃう」
 雫は顔の前で両手を立て前後に振る――視野が狭いということを表すジェスチャーをした。
「へぇ……でもさ、それを――あの人数にどうやって教えたの?」
「そのニュアンスはちょっと違う。みんながウチに聞きにきたんだよ、お金を払ってね。一応、占いって形で。最初の何人かには無料で教えてあげて、口コミが広がったあとは一回、二千円で教えてあげた。聞かなかったのも二人ぐらいいて、聞いたあとも普通に生活してるのもいたけどね――それは、普通に生活して勉強することが人生の目標だったからなんだけど」
「……クラスメイトは知りたがっていたの? それを? 最初の一人だけなら理解できるけど、それ以降の人間が聞きたがる理由が分からないんだけど? おかしくなるんでしょ?」
「そりゃあ、みんな、夢は諦めたくないよ。最初はがんばる人を馬鹿にしたとしても、最終的には自分もそうなりたいと思うんじゃない? 無料で三人ぐらいに教えてからは早かったね」
「……そうかもね」
 だが、春にはどうも、それだけではないような気がした。もっと別の力が働いたと思われた。どうにも、その状況は――作為的だ。
 春はそのあと、雫に対する質問を普段の生活に関することなど、差し障りのないものに変えた。この少女が人生の目標とやらを聞きたくない人間にまで教えるとは思えないが――もし、彼女がそれを悪用したら危険すぎる。喋るだけで人を無力化できるなど、警戒のしようがない。
(まったく……困ったものね)
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雫は【ビーズ】の能力のため、様々な組織に狙われます。
それを守ることになった斜は、彼女を救えるのか!?

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新作「中野キッドナップ・カンパニー」をどうぞよろしくお願いします!