望公太最新作「最強喰いのダークヒーロー」WEB小説風・試読版~最終回~

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 第一章 弱肉凶食③

 

 

「すり替えたって……ま、まさか――」

 

「ようやく気づいたか。ああ、そうだよ。今日の試合の前に――お前の魔弾をすり替えたのさ。中の触媒が劣化してて使い物にならねえもんとな」

 

 恥ずかしげもない、それどころかむしろ誇らしげな不正行為の告白。
 リザは目を見開いて驚愕した。怒りよりも、信じられないという気持ちが強かった。

 

「……お、おかしいと思ったのよ。試合のために発注した六発の魔弾が……全部不良品だったなんて」

 

 先の試合、リザは魔弾を一発も使わなかった。観客や実況はそのことを不思議がっていたが、なんのことはない、使いたくても使えなかっただけだ。
 試合中、何度引き金を引いても魔弾は反応しなかった。数多の敵を葬ってきたリザの雷撃は、発動することさえできなかったのだ。
 運がない。
 装備のチェックを怠った自分のミス。
 そう思ってどうにか自分を納得させようとしていたが――まさかそれが、対戦相手による卑劣な罠だったなんて。

 

「いったい、どうやって……」

 

「試合前によ、控室に係員が来なかったか? 『初戦に限り装備のチェックを行います』とか言って」

 

「き、来たわよ」

 

 相手の言うとおり、試合開始時間の少し前に帽子を目深に被った男がやってきた。
 この学園ではそれが慣例なのかと思い、リザは素直に自分の魔機剣を渡したが――

 

「そいつは俺だ」

 

「……は?」

 

「ククク。このみっともねえ髪も、こういうときには役に立つんだよな」

 

 そう言って、肩まである白髪をかき上げるようにする双士郎。
 彼の異様な白髪は――否が応でも人目に引く。
 有り体に言って、悪目立ちする。
 不自然に白い髪と、それを強調するような黒尽くめの服装。オセロの如きモノクロームの風貌は、見る者全てに不気味な印象を植え付ける。
 あまりにもわかりやすい、外見的特徴。
 しかし――裏を返せば。
 そのわかりやすい特徴が消失すれば、途端に彼だと認識しづらくなるということだ。
 人間が相手を識別するとき、頭髪は非常に重要な要素(ファクター)となる。髪型と髪色が変わっただけで、人の印象は大きく変わる。

 

「カツラと帽子被っただけの雑な変装だから、注意深く観察したら気づいただろうが……ククク、試合前で緊張していたお前は、相手が俺だと気づかぬまま、まんまと自分の得物を渡しちまったってわけさ。世間知らずのお嬢様を騙すのは楽でよかったぜ」

 

 新入生であるリザは、聖海学園の校則やルールには疎い。そのことも計算した上での作戦だったのだろう。用意周到で抜け目のない作戦だと言えるが――しかし、卑劣な罠であることに変わりはない。

 

「ふ、ふざけないでよ! こんなの……反則じゃない! こんなことが許されると思ってるの!? 恥を知りなさいっ!」

 

「クカカッ。騙される方が馬鹿なんだよ」

 

 睨みつけたリザを真っ向から睨み返し、獰猛な笑みを漏らす双士郎。

 

「……この件は、すぐに先生達に報告させてもらうわ。そうしたら、さっきの試合はあんたの反則負けになるはずよ」

 

「無駄だ。序列入りが出てくる本戦ならともかく、予選での物言いなんさ、教員連中も相手にしねえ。確たる証拠でもあれば別だろうが……俺は割と几帳面な方でな。証拠隠滅には細心の注意を払った。今更お前がどんだけ騒ごうが、結果は変わらねえ」

 

「……っ」

 

「そもそも、だ。この程度の罠にハマってる時点で話にならねえんだよ。上の方に行けば、エゲツなさはこんなもんじゃねえぜ」

 

「上の方……?」

 

「『祓魔祭』……『悪魔王』が討伐された烏島で、年に一度開催される『ソードウォウ』高校生世界大会。トッププロの集うEリーグと比べれば当然レベルは劣るが、『学生しか出場できない』『十代の若者が青春の全てを懸けて戦う』などの付加価値のおかげで、プロリーグと負けず劣らずの人気を誇り――結果、莫大な経済効果を生む。となれば……表には出せねえ陰謀や悪巧みが横行するのも必然だろう? 盗聴、盗撮、買収、八百長、談合、薬物混入、誹謗中傷の拡散、相手の武装への細工などは日常茶飯事。事故を装った闇討ちや、家族を人質に取った脅迫なんかもあったっけな」

 

「そ、そんなことがあるわけ……」

 

「表沙汰になった事例だけでゴマンとあるさ。表沙汰になってねえのを考えると……ククク、どれほどの名プレイヤーが、世間の闇に呑まれて消えたんだろうな?」

 

 リザは言葉を失ってしまう。
『祓魔祭』は、武の祭典。
 悪魔の消滅と人類の繁栄を祝う、年に一度の記念式典。
 世界中の学生騎士の憧れであり、聖地でもある。
 その輝かしい舞台の裏に――想像もつかぬほどに暗い世界があったなんて。

 

「お前が今まで汚え世界を見ずにこれたのは……実家であるクロス社の力だろう。大事に大事に箱入りで育てられたお嬢様は、華々しい世界しか見ることが許されず、そのせいでとんだ甘ちゃんに育っちまったってわけさ」

 

「だ、誰が甘ちゃんよっ」

 

「甘ちゃんだよ。今日の試合、お前の敗因は一重にお前自身の甘さだ」

 

「違うわよ! あんたが、汚い真似をしたから――」

 

「確かに俺は汚え策を用いた。けど、それを許したのはお前の甘さだ。一流の攻魔騎士(プレイヤー)ならば、試合前に他人に得物を渡すようなヘマはしねえ」

 

「……っ」

 

「それに、だ。本来なら――魔弾に細工にしたぐらいで、お前が俺ごときに負けるはずがねえんだよ。俺とお前では、そのくらいスペックでの差がある」

 

 双士郎は饒舌に続ける。

 

「お前は十年に一人の逸材と謳われるほどの女だ。攻魔騎士としての資質は極めて高く、バトルセンスも申し分なし。一方俺は、どんな無能でも十分は継続できると言われるフレアが、三十秒しか保たねえ最低の落ちこぼれ。俺みたいな雑魚は、お前なら魔弾なしで一蹴できる。違うか?」

 

 違わない、とリザは思った。

 

『ソードウォウ』において、魔弾は勝敗を分ける重要な要素ではあるが――圧倒的な実力差がある場合、魔弾の有無など意味をなくす。リザも中学生時代、明らかに実力が劣る者を相手にした場合は、魔弾なしで勝利したことも何度かあった。
 しかし、今日の試合では――

 

「中学時代、お前は自校でのホームゲームではほぼ十割の勝率を誇っていたが、これがアウェイとなるとやや勝率が落ちる。慣れない環境による不安や緊張が原因だろう。そういう状況でお前は――必ずと言っていいほど、試合始めに魔弾を消費した大技を発動し、リズムを作ろうとする」

 

「なっ……」

 

 リザは唖然とする。
 双士郎が口にしたそれは――彼女自身も気づいていないことだった。
 無意識のクセ、だったのだろう。

 

「高校での初めての公式試合……お前にとっちゃアウェイと同じだ。だからいつものように魔弾で派手な技を見せつけようとして、引き金に指をかける……」

 

 しかしその結果は――不発。

 

 対戦相手の、卑怯な工作のために。

 

「魔弾の不発にお前は大きく動揺する。俺はその隙を突いて、お前の左手の『的』を破壊した。その奇襲攻撃が成功した時点で――もう勝負は決したようなもんだったぜ」

 

 凶悪な笑みを深くしながら、双士郎は続ける。

 

「類まれなる実力と才能を持つお前は、劣勢や逆境での試合経験が極めて少ない。常に優位で戦うことに慣れ切っているせいで、たまに相手に先制されると大きく動揺し、失点を取り戻そうとムキになり、その結果驚くほど動きが悪くなる。中学三年間、公式記録に残っているお前の敗戦はたったの四回だが――その全てが、相手に先制された試合だ」

 

 魔弾は発動しない。
 先制は許してしまう。
 焦りと混乱の悪循環に陥ったリザは、一旦距離を取って体勢を立て直し、装備の不具合を確認しようとするが――

 

「そこでまた、強者特有の弱点が露見する。雷撃と剣技を主体とした攻撃一辺倒のスタイルで戦い続け、圧倒的火力と高機動で相手を封殺する戦法を取ってきたお前は、回避や撤退に慣れていない。バックステップで逃げる際、一瞬首を回して後方を確認するという致命的な傷(クセ)がある」

 

 リザが双士郎から目を切って背後を確認した瞬間、バックステップの蹴り足であった右足の『的』は、狙いすましたかのように破壊された。

 

「ククク。後はもう消化試合さ。『的』で二点以上差をつけられた状態からお前が挽回した試合は過去に一度ない。想定外のアクシデントの連続で、お前の混乱と焦燥はピークを迎える。そこで俺はダメ押しとばかりに、魔弾を用いてフレアを発動。早漏の俺は三十秒しか保たねえが、頭が真っ白になったお前の残り三つの『的』を壊すのには、二十秒とかからなかったぜ」

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

 

 リザは思わず声を上げてしまった。

 

「な、なんで……? なんでそんなに、私のことに詳しいのよ……?」

 

 すると双士郎は大きく息を吸い、そして一気に言葉を吐き出す。

 

「リザ・クロスフィールド。『ソードウォウ』関連用品の開発・販売で世界的なシェアを誇る大企業、クロスアヴァロン社の創始者の孫。父はクロス社の現代表取締役、ウーゼル・クロスフィールド。七月七日生まれ。身長一五九㎝。体重は非公開だが、おそらく五十前後。血液型はB型のRH(-)。適合者資質――カテゴリA、魔力タイプ――属性変化系。現在の使用魔機剣、天照社製『雷嵐の導き手ジルクーア』。昨年度の欧州∪15大会の覇者であり、そのときの功績が認められ、『メルクリウス』より『閃雷』の二つ名を授かる。好物はチョコレート系の菓子。嫌いなものはレモンティーと爬虫類。十歳で『ソードウォウ』を始め、以降目覚ましい活躍を見せる。欧州の大会では常に優勝争いに加わる実力者。可憐な見た目も相まって高い人気を誇るが、大変な負けず嫌いでも有名。十二歳のとき、とある大会の決勝で敗退した後、約三十分その場で泣き喚き続けたことがある。隠れた趣味は『日本のアニメ鑑賞』。日本語は主にアニメで覚えた。コスプレにも興味があり、様々なアニメの服を購入しては自宅で一人ファッションショウを開いている。人前に出ることも検討しているがなかなか踏ん切りがつかず、妥協案としてコスプレ衣装の上にコートを羽織って夜の街に――」

 

「わーわーわーっ!?」

 

 絶叫を上げるリザ。
 叫ばずにはいられなかったのだ。

 

「なんなの!? 本気でなんなの!? あんた、私のストーカーっ!?」

 

「ストーカー? クク、ナメんな――それ以上だよ」

 

 獰猛な笑みは、誇らしげに告げる。

 

「今日の試合のために、お前のことは調べ尽くした。昨年の欧州中学生覇者だけあって、探せばいくらでも情報は手に入ったよ。公式戦の記録や映像はもちろん、ファンが勝手に撮影した動画や画像、諸々の雑誌記事、あちこちのSNS……このご時世、ちょっとしたスキルさえあれば、地球の反対側のことだろうと全部筒抜けだ」

 

「な、なによ、それ……」

 

 徹底した敵情視察。
 その恐ろしいまでの執念と陰湿さに――リザはゾッとした。
 対戦相手の成績や映像を見て、そこから相手を分析して戦術を組み立てること自体は、極めて普通のことだ。
 だが――目の前の男のそれは、明らかに常軌を逸している。
 弱点を探すのではなく、その者の全てを掌握するような――

 

「……『ソードウォウ』は、お互いの積み上げてきた『強さ』を競い合う、神聖な格闘競技よ。それなのに……ストーカーまがいのことして、卑劣な小細工で相手を貶めて……あんた、そんなことして勝って、楽しいの?」

 

「楽しいねえ!」

 

 苦悶に満ちた声に対し、双士郎は全く間を置かずに即答した。
 唐突にソファから立ち上がり、リザへと顔を寄せて瞳を覗きこむようにする。
 ドス黒い欲望を秘めた双眸。

 

 闇を見つめたような。
 闇を煮詰めたような。

 

 あまりに暗く鋭い眼に、リザは危うく悲鳴を上げそうになった。
「お高く留まった天才様が、凡人以下の俺にハメられて潰される。最高だよ……最高以外のなんだっつーんだ。どっちが強いだの、どっちが弱いだの、くだらねえ勝負ごっこに夢中になってる馬鹿どもを出し抜いてボコボコに凹ませてやることが、俺みてえな無能にとっちゃこの上ない愉悦なんだよ……ククククク、クカカカカカカカーッ!」

 

 タガが外れたような哄笑。
 なにもかもを見下すようでありながら、端々に痛烈な自虐が滲む。
 高らかに、しかしどこか自暴自棄に笑う男に、リザは心から恐怖した。

 

(なんなのよ、この男……)

 

 フェアプレイ精神など欠片もなく、向上心など微塵もなく、なりふり構わず、手段を選ばず、恐ろしいまでの執着と執念で勝利だけをもぎ取る。
『ソードウォウ』という競技を愛し、ひたむきに鍛錬を積んできたリザにとっては――目の前の男は、完全に理解の外にいる生き物だった。

 

「……この早漏野郎。あんたは、最低の男よ」

 

「ククク。そりゃどうも。だがお前は、そんな最低の男に負けたわけだ。しかも完全試合で。脆いもんだな、お前の積み上げてきた『強さ』っつーのはよ」

 

「う、うるさいっ」

 

「聖海学園の校内選抜戦では、予選で一敗でもした奴が本戦に出ることはまずない。全勝者だけが本戦に出場するシステムだ。つまり、お前の夏はもう終わったってわけだ」

 

 そこまで言ったところで、双士郎は顔を玄関の方へと向ける。
 視線の先にあるのは、捨て置かれていたリザの魔機剣――天照社製『雷嵐の導き手・ジルクーア』。

 

「お前がなんのために留学してきたのかは知らねえが……ま、大手メーカーであるクロス社の令嬢が、当て付けみてえにライバル企業の装備を使ってるとこを見る限り、大方の予想は着くけどな」

 

「っ!?」

 

「あれだろ? レールに乗った人生はまっぴらごめんだー、的なやつ? ククク、羨ましいねえ。一度でいいから、そういう贅沢な悩みを抱えた人生を送ってみたいもんだ」

 

「……あんたに、私のなにがわかるのよ」

 

 リザの声は怒りで震えていた。
 両の拳を、強く強く握り締める。

 

「羨ましい、ですって……うちの家族のこと聞いたら、二度とそんな口は聞けなくなるわよ。私の父はね――」

 

「そうか。大変だったな」

 

「そう、大変だっだのよ――って話を聞きなさいよ!?」

 

 あまりにも適当な返しに、思わずノリツッコミをしてしまうリザだった。

 

「生憎、他人の不幸自慢や自分語りには興味がなくてな。お前の戦う理由なんざどうでもいい。俺にとって重要なのは――お前に戦う理由があるかどうかだけだ」

 

「ど、どういう意味よ……」

 

「言っただろ? 俺は、お前に糸を垂らしに来たんだよ。イギリスの中高一貫校から、面倒くせえ手続きしてわざわざこの学園に来たんだ。なにかしら、ここで戦わなければならない事情があんだろ? だったら――個人戦の他に、チーム戦っつー可能性も、まだ残ってるんじゃねえのか?」

 

『祓魔祭』には――二種類の戦いがある。
 一対一で争う個人戦。
 そしてもう一つは、四対四のチーム戦だ。

 

(チーム戦……)

 

 考えもしないことだった。
 チーム戦では言うまでもなく、チームワークが物を言う。入学してまだ日が浅いリザには、背中を預けられるほどに信頼できる仲間はいないし、仮にそんな仲間を見つけられたとしても、リザの戦闘能力に合わせられる者がいるとは思えない。実力のある上級生の大半は、昨年からチームを作り、この夏に向けて連携を磨いているからだ。
 そのためチーム戦のことは最初から考えもせず、個人戦一本に絞っていたのだが――

 

「まさか……あんたと一緒のチームになれっていうの?」

 

「おう」

 

「冗談じゃないわよ! 誰があんたみたいな奴と組むもんですか!」

 

「ククク。いいのかよ? 相手や手段を選んでる余裕が、今のお前にあるのか?」

 

 リザは言葉に詰まり、歯を食いしばる。そんな彼女と楽しげに眺めながら、双士郎は一歩前に出た。
 大きく手を広げる。
 烏が翼を広げるように、あるいは悪魔が翼を広げるように。
「黙って俺に従え、リザ・クロスフィールド。そうすりゃ、お前を『祓魔祭』の頂点へと連れてってやる」
 白髪の下、妖しい輝きを秘めた双眸がリザを見下ろす。
 こちらの全てを見透かすような眼光は言いようのない圧力を伴い、息苦しさを感じてしまう。
 リザの望みを断ち切り、絶望の淵へと追いやった男が、今度は望みを繋ごうとしている。
 掌を返して、手を差し伸べようとしている。

 

 状況が全く理解できない。

 

 理不尽な流れに飲み込まれ、脱出不能の渦の中に閉じ込められたような。

 

 阿木双士郎という男に、利用され、翻弄される――

 

「……なにが……なにが目的なのよ、あんた?」

 

 絞り出すように問うたリザに、双士郎は嗤う。

 

「俺は今年の『祓魔祭』で、個人戦とチーム戦の両方で優勝を掻っ攫い、完全制覇を成し遂げる。そして――」

 

 双士郎は言う。

 

「――このクソみてえな世界を、思いっきり虚仮にしてやる」

 

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最強喰いのダークヒーローは、ただいま絶賛発売中! 第2章以降の物語……双士郎のダーティな快進撃は、ぜひ本編でお楽しみください。