編集Tのちょっと怖いお話

 梅雨独特の蒸し蒸しした暑さ。いやですね。
 ということで暑気払いにちょっと怖い話でもどうでしょうか。
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■目撃者の証言
 古関守(こぜきまもる)は疲れきっていた。無理もない。昨日の昼から今日の朝までほぼひとりでコンビニの「通し番」をしていたからだ。休憩も、まして睡眠もとれなかった守の肉体はもはや疲労のピークを超えていた。
 元気はつらつで登校する小学生の群れとやけに眩しい太陽が、寝不足の頭にはうっとうしいことこの上ない。
「だいたい昨日は朝倉が遅番のはずだろ……。いい加減にしてほしいよな。店長も店長だよ。シフトを組むときにもっと考えてさ……」
 愚痴を垂れ流しながら、やっとの思いで守はアパートの近くまで辿りついた。顔をあげるとアパート前で、駐車場の掃除をしている大家のおばあちゃんが目に入った。
 しわくちゃの梅干のような顔で、どこに目がついているのか、どこまでが鼻でどこからが口なのか、相変わらずさっぱり判らない風体だ。
 守は密かにこの梅干は地球外生命体なのではないかとの疑念を持っていた。
「いつもいつも大変だねえ、おまわりさん。朝から晩までねえ」
「いえ、地域の安全を守るのが、本官の職務ですから」
「あんたみたいないい子がうちの孫だったらねえ……」
 梅干は自転車にまたがったままの若い警察官をつかまえて、あれやこれやと世間話をしているようだ。
(捕まると長いからな……)
 守は気がつかれないように二人の脇を、気配を消して通り過ぎた。そしてアパートの階段をそっとあがると、自室のドアをあけ玄関に倒れるように転がり込んだ。万年床までほんの2,3メートルの距離しかないが、このまま床で寝てしまいそうな勢いだった。
(あー、でも布団で寝ないと、起きたときあちこち痛くなるからな……)
 のそのそと起き上がろうとした時、背後からぴんぽーんという能天気な呼び鈴の音が響いた。
(くそう、誰だよ一体。眠いっつーんだよ、こっちはよ。三限目の基礎演習までには起きなきゃいけないし……)
 しぶしぶ開けたドアの向こうに立っていたのは、さきほど梅干に捕まっていた警官だった。
 ホームベース型のエラの張った輪郭に太い眉、きつく結ばれた口許に、強い意志を感じさせる真っ直ぐな瞳。
 まさに、真面目を絵に描いたらこうなりました、という顔だった。警官になるべくしてなったタイプというべきか。
「あの、なにか?」
「お休みのところ申し訳ありません。実は先ごろ起きました殺人事件の目撃者を探しておりまして……」
 差し出されたチラシを見て守は、ああなるほど、と納得した。先週の終わりだったか、このアパートから10メートルも離れていないマンションで一人暮らしの若い女性が惨殺されたのだ。守の寝不足の頭でもはっきり思い出せるほど、それはショッキングな事件だった。しばらくは報道陣や野次馬が大変で、今週に入ってようやくこの近辺も落ち着きを取り戻したばかりだった。
「? どうかされましたか?」
「あ、ああ、すいません! ちょっとここんとこバイトと学校が忙しくて……」
 警官がいぶかしげな顔で守を見つめている。どうやら自分が思った以上に、ぼーっとしていたようだ。突っ込まれて、守はあわてて言い訳をする。
 本当は今すぐにでも寝たい気分だったが、ここで変な対応をしていらぬ誤解を招いても厄介だ。尽きかけたエネルギーを振り絞って、守はできるだけ真摯に、はきはきと対応する。
「わかりました。それでは何か思い出されたりしましたら、ぜひこちらまでご連絡を」
 一通り話が済んだあと、警官はチラシの電話番号を指差し、礼儀正しく敬礼をしてドアを閉めた。しばらくしてお隣の呼び鈴が鳴る音が聞こえたが、すぐに布団にもぐりこんだ守はすでに夢の中だった。
 それから一週間。
 相変わらず寝不足の頭を引きずってアパートに着いた守は、冷蔵庫の中からごそごそと饅頭を引っ張り出していた。それはおととい梅干からもらったもので、どこぞの高級和菓子らしかった。梅干がお土産をくれるなんてめずらしいこともあるもんだ、と思ったが、万年金欠・食料不足の守はありがたくいただいておくことにした。
 発泡酒とコンビニの賞味期限切れのお弁当をたいらげ、饅頭にとりかかった守は何気なくテレビをつけた。ちょうどニュースをやっている。ぼーっとしたまま見ていると、以前ご近所を騒然とさせた殺人事件の犯人逮捕のニュースが流れ始めた。
(へえ、捕まったんだ。良かったな)
 しかし犯人の写真が画面に映し出された瞬間、守は思わず食べかけの饅頭を落としてしまった。その写真に写っているのは、ほかならぬ、この部屋に聞き込みに来た警官だったからだ。
 アナウンサーが淡々とした声で「逮捕されたのは佐々木雄一、26歳、無職……」とニュース原稿を読み上げている。
(どういうことだ? ニセ警官? なんで? まさか?)
 そこまで考えて守は、はたと思い当たった。
(そうだ、こいつは目撃者を捜して……見つけて……殺すつもりだったんだ!)
 あの時、もし変な対応をしていたら……そう思うと守は生きた心地がしなくなった。
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 はい、お話はこれでおしまいでーす。最後までお読みいただき、ありがとうございました! わりと有名な都市伝説をベースにして書いたので、元ネタ知ってる人がいたらすいません。
 さてさて、ちょっとは涼しくなりましたでしょうかー?
 ちなみに体感温度を1度下げると、人体からのCO2排出量が13%減るそうですよ。エコですね。もちろん嘘ですよ!