帰宅の途につくのは大抵深夜なので、自宅まではいつも深夜バスを使って帰ることになる。最近は零時近くまで深夜バスが運行されているので大変便利だ(※タクシーの四分の一ぐらいの金額で帰ることができる)。
最終の深夜バスを利用する人はさすがに疲れた様子の人ばかりで(※自分含む)、そこからさまざまな人生模様が読み取れそうな勢いだが、今回のメインはそこではない。
運転手さんだ。
さすがに深夜バスを担当する運転手さんは数が限られているのか、これまで2~3人の運転手さんにしか当たったことがない。そしてその中の一人、スキンヘッドの運転手さんが今回の主役。
とにかく車内アナウンスが謎なのだ。
もう、超・謎。
なにしろバス停に着くたびにバリトンボイスで「めいよ~↑ ちょーした~↓」と宣われるのだ。
「めいようちょうした」? なんじゃそりゃ?
どうでもいいことなのだが、一度気になると「本当はなんと言っているのか」がやたら気になる。直接訊いてもいいのだが、不審者扱いされるのも癪だ。だいたい「なんでそんなこと訊くんですか?」と言われたら困る。素で困る。
そうだ、推理してみよう!
バス停の名前は割とはっきり発音しているから、その発音をもとに何が「めいよ~↑ ちょーした~↓」になったのかをじっくり考えてみよう。
そう思ったら俄然楽しくなってきた!
まず「めいようちょうした」の「~した」の部分は「ありがとうございました」などの末尾の「ました」で間違いないだろう。
さらに聞き込んでみると、バス停名につく「ま」の発音が「め」になっている時があるのにも気がついた(具体的には「枚原三丁目~」が「めいはら三丁目~」に聞こえる)。
そうなると「めいよう」の「め」は「ま」で「めいよ」が「毎度」である可能性が高いとは言えなくないか? そうすると……。
「毎度ご乗車ありがとうございました」
これだ! これに違いない! これが短くなり、且つ発音がいい加減になって「めいよ~↑ ちょーした~↓」が生まれたのだ! バス停にとまるたびに発する台詞としても的を射ているし、これだよ! これ!
我ながらの名推理に一人ほくそ笑みながら次のバス停で降りようとした瞬間!
「めいよ~↑ ちょーでした~↓」
……「で」!? 運転手さん、今「で」って言った!? マイク越しだと判りにくかったけど、いま肉声を直接耳で聞いた感じだと明らかに「で」が入ってたぞ!?
「毎度ご乗車ありがとうでございました」?
いや、その理屈はおかしい。ラノベキャラのキャラ立てとしてもこの方向は絶対間違っている。こんな小手先の口調いじりで萌えられるわけがない!(スキンヘッドに萌えたいかはともかく!)。
そんな私のもやもやとした葛藤をよそにバスはゆっくりと走り去ってしまったのだった。
……今日は解明できなかったが、明日! 明日こそは貴様がなんと言っているのか、必ず、必ず突き止めてやる!
……しかし次の日の深夜バスはほかの運転手さんが担当だったのでした。がびーん。そりゃそうだ。毎日スキンヘッドさんにそう都合よく当たるわけないよね。
が、一度気になるとちょっとしつこい性格の私はスキンヘッドさんに当たるたびにその時刻表をメモして遂に「スキンヘッドさんの1週間の深夜バス運転シフト」を手に入れたのだ! どうだ、まいったか!(※そこ、頭おかしいとか言わない)
というわけで毎日確実に「スキンヘッドさん」と遭遇することができるようになった私は、必ず運転手さんの席に近い席に陣取り「めいようちょうした」のリスニングに全力を傾けたのであった。
――そして、謎は深まるばかりでした。
すいません。どうやら俺は「めいようちょうした」をなめていたようです。どうしても原型が特定できません。
「毎度ご乗車ありがとうございました」の線が消えた今、どうしても「『毎度~でした』の形におさまる、毎回バス停にとまるたびに発せられる的確な内容の台詞」が浮かばないのです! 嗚呼!(※あまりの動揺になぜかここだけ「ですます調」)
そうこうするうちに1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ……半年たっても一向に「めいようちょうした」の謎が解けないのでありました。
……だんだん考えるのも、なんだかもういやになってきて、逆にスキンヘッドさんに当たらないようにバスに乗って帰ろうかとか、その方が不明瞭なアナウンスに心惑わされることもないしっていうかそんなアナウンスをするスキンヘッドがそもそも悪いんだよ! 客に不安を与えるな! 快適な車内空間を! お前ちゃんと研修受けて運転してんのか!? 責任者でてこいー!
ぐらい取り乱していた今日この頃。
いつものようにバスに揺られて編集部に向かう朝、ふと目をあげると……運転席にはスキンヘッドさんが!?
――そうか朝もシフト入るよな、普通。
などとぼんやり考えているとバスが停車。
「まいどお待ちどうさまでした」
……うおおおおおい! さらっと「答え」を言うなああああ!!
虚を突かれたっていうか、青天の霹靂っていうか、クリティカルヒットでHPゼロですよ! いやむしろマイナス! 今日はもう働く気がまったくしないね!
ってか、朝はずいぶん爽やか&元気ボイスじゃないすか、スキンヘッドさん……。
ということでこの半年の深い思索をあっさりと覆されたグレート・モーメントだったのでした。嗚呼。
……。
なあ、ジョニー、お前なら判ってくれるだろう?
人間ってのは、こんなに悲しくて面白い生き物だってことをさ……。