阿佐谷は「博多鉄なべ餃子なかよし」が好き、サトです。
7月の新作、森田陽一先生×しらび先生が贈る異能アクションストーリー「中野キッドナップ・カンパニー」。
こちらの発売前情報として、各キャラのシーンを何回かに分けて紹介させて頂ければと思います。
まず1回目は主人公の少年、深草斜(ふかくさななめ)。
彼は非合法の人捜し、人さらいを行う“誘拐屋”で仕事をしている少年。
その異能は【間合い】を統べるという能力。
■プロローグより/雇い主の女性、柚木春とともに“誘拐屋”の仕事
地下駐車場の静かな空間にエレベーターの扉が開く音だけが寂しく反響する。二人はエレベーターに乗って七階まで移動すると、廊下を迷いなく進み、七○八号室の前で止まった。
春はポケットからメモを取り出し、それを見ると、斜に向かってうなずいた。
それにあわせ、斜は一歩下がり、開いたドアの死角になるような位置に移動する。
春は斜に向かって小さく手を振って合図すると、インターフォンのボタンを押した。
数秒後、インターフォンが通じる。
『はい』
スピーカーから聞こえてきたのは、あまり若くなさそうな男性の声だった。
「すいませーん、隣の家の者なんですけどー……、うちの猫がお宅のベランダの方に行っちゃって……ちょっと、取らせてもらってもよろしいですか? 申し訳ありませーん」
春はインターフォンのカメラに向かって頭をぺこぺこ下げながら、さっきまでとはまったく違う、いかにも情けなさそうな声で言った。
『はぁ……』
インターフォンの通話状態が終了し、辺りから通話時の微細なノイズが消えた。
三十秒ほどで玄関のドアが解錠され、開かれる。
――それと同時に、死角に待機していた斜がドアノブを勢いよく引っ張った。ドアを開けた男性は、内側のドアノブを掴んだままだったからか、バランスを崩し、変な声を上げながら、マンションの共用廊下まで飛び出してきた。
その男性は、自宅にいるというのに何故かスーツを着ていた。斜と春の今日の仕事内容から考えるに、彼はまだ着替えていないのではなく、来客があったので着替えるタイミングがなかった、と見るべきだろう。
まんまと玄関のドアを開けさせることに成功した斜と春は、靴も脱がず、ずかずかと家の中に上がり、片っ端からドアを開け、部屋を確かめていく。
マンションの共用廊下で立ちすくんでいたスーツの男も事態が異常なことにようやく気付いたのか、慌てた足取りで二人を追いかけ始める。だが、スーツの男が追いつく前に斜と春はターゲットのいる部屋――奥のリビングに到達した。
その、取り繕ったかのような小綺麗さが鼻につくリビングには、制服を着た女子高生が一人いた。彼女は驚いた顔で、侵入してきた斜と春の方を見ている。だが、見ているだけで何か行動をする様子はない。きっと、状況に対応できず固まってしまっているのだろう。
「須山さんね」
春が制服の女子高生に聞く。
「……はい」
女子高生は怪訝そうにしながらも、春の質問に対し、肯定の返事をした。
「ご両親が心配しておられます。一緒に帰りましょう」
春の言葉は字面こそ丁寧だったが、その口調は人を迎えにきた人間のものとは思えぬほど冷たかった。きっと、この言葉が提案でも依頼でもなく――命令だからだ。
そして、女子高生も春の言葉で状況が把握できたようだ。――通っている高校の教師と恋愛関係になり、その教師の家に入り浸っていることを快く思わない両親が、この二人を寄越した、ということを理解したのだろう。
「な、なん、なんなんだお前ら!」
スーツの男が後ろで声を張り上げる。
「今回は教え子に手を出したことに関しては目を瞑る――ってことになっている」
もちろん条例違反だが、彼女の親からはそう言われていた。きっと、世間体を気にしての判断なのだろう。この方が彼女にとってもデメリットの少ない選択ではある。
春はスーツのポケットから薄いコンパクトデジカメを取り出して、女子高生と教師の写真を一枚ずつ撮った。そして、女子高生の方に近づき「帰りましょう」と手を差し伸べた。
その瞬間、女子高生はその手をはね除け、
「ふざけないで!」
と、叫んだ。
「あぁ?」
春はさっきまでの慇懃な態度を崩し、女子高生を威嚇するような声を出す。
「私の自由じゃない! 何か悪いことした!? 私が誰と一緒にいたっていいじゃない!」
「うっさい! こういう仕事なんだよ、こっちは! それに未成年者うんちゃらかんちゃらでダメだよ! ばーか、ばーか!」
春は女子高生に手を伸ばし、胸ぐらを掴み上げると、強引に彼女を引き摺り始めた。女子高生も抵抗をしているようだが、春はそれをまったく意に介していない。
「ちょ、ちょっと乱暴すぎるよ、春! 依頼主の娘さんだよ!?」
斜は急な展開についていけず、少し慌てながら言った。
「知るか。斜、私はな、ガキのくせに自由とか言うやつがムカつくんだよ、マジで。ジャンヌ・ダルクかよ?」
「ジャンヌ・ダルクって自由を求めた人じゃないよ。フランス革命と混ざってない?」
「うっさい! それにこの方が楽じゃん。私たちはこのガキの親じゃない」
「それでも、怪我させちゃったら問題だよ」
「しても擦り傷ぐらいだよ。問題なし」
春がそう言いったときだ、
「やめろ!」
スーツの男が叫んだ。彼の手にはいつの間にか包丁が握られている。多分、春と女子高生が言い争っているときに、キッチンから持ってきたのだろう。
「斜、出番だ」
「嫌だ」
「嫌だ、じゃない。訓練だと思って、がんばってどうにかしなさい」
「これが訓練?」
「そう。今は経験が重要よ」
「……了解」
斜はしぶしぶ、スーツの教師の方を向くと、少し移動して、男との距離を取った。
「ふざけてんじゃねーっ!」
男は大声を出す。多分、彼は侵入してきた斜と春が自分のことを無視して喋っているのが気に食わなかったのだろう。そもそも、不法侵入されたことに腹を立てているのかも知れないが。
「お前ら! その子を離せ! 俺は学生時代、空手をやっていたんだぞ!」
男の声は裏返っていて、どうにも迫力に欠けていた。
「えっ、じゃあ、なんで包丁を持ってきたの?」
斜は本当に分からなかったから聞いた。だが、その言葉が決定的となった。スーツの男を完全に怒らせたようだ。男は包丁を構え、斜に突っ込んでくる。どうやら、本当に刺す気のようだ。包丁を持つ手の力み具合も、動きの大きさも脅しのそれではない。
だが、男の包丁はなんでもないところ――斜の少し前の空間で空振りしただけだった。さらにスーツの男は一人でバランスを崩し、よろめき、斜を通り越してしまった。男にとってもそれは予想外だったようで、彼はなんだか不思議そうな顔をしている。
「私はエレベーターの前で待ってる。そいつを片付けてから来てね」
「はいはい」
斜はそう答えると、再度、男の方に向き直り、半歩ほど後ろに下がって【間合い】を取る。
――ここで、異変が起きた。
スーツの男が動かないのだ。このままでは女子高生を攫われてしまうというのに――斜を突破し、春を追わなければならないというのに、固まったままなのだ。しかし、彼は戦意を喪失したわけではなさそうで、視線は依然鋭い。しかし、包丁を握り直したり、先程、自分が通った床をしきりに目で確認しているところを見ると、かなり戸惑っているようだ。
「無理だよ」
斜が言った。
「……?」
「そっちの攻撃は絶対に失敗するし、僕の攻撃は絶対成功する――感覚的に分かると思うけど。だから、やめてほしい。殴ったり、殴られたりってあんまり好きじゃないし」
だが、そんなことを言われてやめる人間はいない。男は意を決したように包丁を構え、突進してきた。しかし、それはまたも空を切るだけで当たらない。
「だからさ、絶対無理なんだって、攻撃も防御も成功しない」
斜はそう言うと、一歩下がって、再度【間合い】を取り直してから、男の前まで駆け寄り、男のあごに横なぎの拳を食らわせた。男は脳しんとうを起こしたのか、受け身もとらず倒れる。
斜は男が立ち上がれないことを確認すると、その家を出て、エレベーターホールに向かった。
エレベーターホールでは、へたり込んで泣いている女子高生を前にして、春が不遜な態度で仁王立ちしていた。
「春、何やってんのさ。彼女、すごい泣いちゃってるじゃん」
「こいつは勝手に泣いてるの。私は泣けなんて一言も言ってない」
「……あっそう。じゃあ、帰ろうか。この子を親御さんの元に送り届けないとね。あと、さっき聞かれた今日の夕飯のリクエスト、とんかつがいいな」
斜はそう言うと、エレベーターの降りるのボタンを押した。
「斜はいつもとんかつだね。でも、今日は私が焼き肉を食べたいから却下」
「じゃあ、リクエスト聞かないでよ。っていうか、春はいつも焼き肉だね」
「うっさい」
エレベーターが到着したので、斜と春は女子高生を中に入れつつ、ケージに乗る。
「……あんたたち、本当、一体なんなのよ……」
ドアが閉まったところで、女子高生が目を腫らしながら、恨めしそうに聞いた。
「“誘拐屋”だ。攫ってきてほしいやつがいたら、攫ってきてやるよ。有料だけどね」
春が女子高生の頭に手を乗せ、わしわしと乱暴に揺らしながら上機嫌に答えた。
こうして“誘拐屋”――斜と春の六月の初仕事は、さっくりと、特に何事もなく終わった。
相手の攻撃を完全に無効化した、彼の【間合い】の能力は、いったい、どういうものなのか!?
次回はヒロインの幼女、……じゃなかった。少女の雫を紹介します!
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