20160608dark_obishoei

 

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 第一章 弱肉凶食②

 

 

 永い永い戦いがあった。

 

 攻魔騎士と悪魔の、血で血を洗う凄惨な戦争。

 

『時の悪魔』
『東からの災厄(フロムイースト)』
 あるいは、ただ単に『悪魔』

 

 太平洋の中心を縦断する日付変更線――時を分かつ線より西に向けて現れる異形の化け物達は、そんな風に称された。
 時を隔てる線より召喚される悪魔達は、世界各地に破壊と混乱をもたらし、理解不能の災厄として人々を恐れさせた。

 

 そんな悪魔達から人類を守るために戦ったのが――攻魔騎士と呼ばれる者達。

 

 攻魔騎士――全人口の一割と言われる適合者の中で、悪魔に対抗できるだけの戦闘技能を身につけた者の総称である。

 

 東方より訪れる災厄に対抗するために、世界各国の政府や企業は一丸となって手を組んだ。その結果生まれたのが、『メルクリウス』という、攻魔騎士を管理・育成するための国際機関である。
『メルクリウス』に属する攻魔騎士達は、悪魔から世界を守るために命懸けで戦い続けた。人類と悪魔の闘争は熾烈を極め、多くの命が散ることとなったが――

 

 今から五十年前。
 戦争は――人間側の勝利で幕を閉じた。

 

 太平洋に浮かぶ烏島という名の無人島で『悪魔王(サタン)』を滅ぼしたことにより、全ての悪魔が灰となって消滅し、以来、日付変更線より悪魔が現れることはなくなった。
 もう、日の昇る方角からの脅威の怯える必要はない。
 誰もが待ち望んだ、平和な時代が訪れた。

 

 戦後五十年、『メルクリウス』は様々な戦後復興活動に取り組んだが――
 その中で最たる成果を上げたものが、『ソードウォウ』である。

 

 攻魔騎士同士が武器を手に戦い合うバトルエンターテイメント――『ソードウォウ』は、今や世界で最も多くのファン人口を誇る格闘競技となった。Eリーグのトッププロともなれば、年収ウン十億という選手もザラに存在する。

 

 年に一度、烏島で開かれる高校生(アンダー18)大会の最高峰――『祓魔祭』も、トップリーグの試合に負けず劣らずと人気と観客動員数を誇り、多くの学生がその舞台を目指して日夜鍛錬に励んでいる。

 

 リザ・クロスフィールドも、その一人である。
 いや、一人だった、というべきか。

 

『一年で結果を出せなかったら――一年時に「祓魔祭」に出場できなかったら、もう二度と家の決定には逆らわない』

 

 そう豪語して実家を飛び出して来た彼女にとっては、今年が最初で最後のチャンスであった。
 だが、彼女の夢と野望は、あまりにも早い段階で潰えてしまった――

 

「…………」
 気がつけばリザは、女子寮の自室に戻ってきていた。
 どうやって帰ってきたのかほとんど覚えていない。
 放送部や野次馬が、敗北について根堀り葉掘り訪ねてきた気もするが、全てうろ覚えであった。
 後ろ手でドアを締め、手に持っていた魔機剣はその辺に立てかける。
 控え室にも寄らずに来たため、格好はGPスーツのままだった。適当に脱ぎ捨てて全裸となり、フラフラと安定しない足取りで浴室へと向かう。
 給湯温度を高めに設定し、熱いシャワーを頭から浴びて試合の汗を流した。
 と言っても、大した汗はかいていないが。

 

「……っ」

 

 最低の試合だった、と思う。
 全力を出したわけでも、死力を尽くしたわけでもない。歯車が噛み合わぬまま、エンジンに火が入らぬまま、いつの間にか試合が終わっていた。

 

「……なんで」

 

 滴る水滴と共に、唇から無念が零れていく。

 

「なんで、どうして……こんなはずじゃ……なんで……?」

 

 リザは深い混乱から未だに立ち直れずにいた。頭を埋め尽くすのは、自分の全てを否定したような嘲笑だけ――

 

「阿木、双士郎……なんなのよ……なんなのよっ、あいつは~~っ!」

 

 己を下した男の名を叫び、ダン、とシャワールームの壁を叩く。

 

 油断してなかった、と言えば嘘になるだろう。

 

 過去の実績や資質検査の結果を見る限り、なにもかもが最低ランクの男だった。
 嫌に目を引く不気味な白髪以外、特徴も特筆すべき点もない。
 実際に相対してみても、強者特有のオーラなどは全く感じなかった。

 

 しかしリザは、そのどう見ても強そうに見えない男に――完全試合を喰らった。

 

 敗北。
 それも、校内選抜戦、の予選会、の初戦敗退。
 結果だけ見れば――最低以外のなにものでもない。
 なに一つとして実績を残せぬまま、リザの一年度の夏は終わった。

 

「…………」

 

 絶望的な状況にもかかわらず、どうにも絶望しきれない。消化不良な気持ちのまま、リザはシャワーを止めて浴室から出た。
 バスタオルを手にとって体を拭いていく。
 顔を拭き、髪を拭き、全身を拭き、最後に湿気が溜まりやすい乳房の下の部分を念入りに拭いたところで――着替えを忘れたことに気づいた。

 

「あー……。えっと、カーテンは閉めてたわよね」

 

 バスタオルで体の前だけを隠すようにして、リザは浴室からリビングに向かう。
 水気を含んだ生地が肌に張り付き、肉付きのいい体が強調される。
 ある意味裸よりも卑猥な絵面となってしまったが、同居人もいない一人暮らしの女子寮の自室ならば、なんの問題はない――はずだったのだが。

 

「よォ」

 

「……へ?」

 

 いるはずのない者が、部屋にいた。

 

 我が物顔でリビングのソファでふんぞり返っているのは――阿木双士郎。
 ほんの数十分前に、リザから全てを奪い去った男。
 GPスーツから着替えてはいるが、似たような黒尽くめの私服。日本人としての最低限のマナーか、靴はきちんと脱いでいる。
 唐突過ぎる来訪者――いや侵入者に、リザが硬直したことは言うまでもない。

 

「また会ったな、馬鹿おっぱい」

 

 バスタオルを纏っただけのリザの裸体を目撃しておきながら、双士郎は狼狽えることもなく、不敵な笑みを漏らすだけだった。

 

「……ひっ。い、いやぁ――ぶっ!」

 

 真っ白になっていた頭がようやく現状を理解し、侵入者に対する恐怖と羞恥から悲鳴をあげそうになるが――その寸前、顔面にクッションを投げつけられた。

 

「騒ぐな。みっともねえ」

 

「……くっ! な、なにやってんのよ、あんた!?」

 

「なにって、不法侵入?」

 

 悪びれもしない双士郎。
 あまりのふてぶてしさに、リザは頭が沸騰しそうになる。

 

「心配しなくても、お前の貞操が目的じゃねえよ。そのだらしねえ体が目的なら、古典ホラーよろしくシャワー中に襲いかかってたさ」

 

「だ、だらしない!? 私の体が……だらしないですって!?」

 

「体脂肪率20パー弱ってとこか? デブじゃねえが、アスリートにしちゃ少々肉付きがいい方だな」

 

「じ、自慢じゃないけどねっ! け、けっこういい体してるはずよ、私は! 女友達から『脱いでも脱がなくてもすごい』って褒められたこともあるし……グラビアのオファーだって、全部断ってるけど、何十回もあったんだからっ!」

 

「どうでもいいけどよ、あんまり熱弁振るってると、いろいろ見えちまうぜ?」

 

「~~~~っ!」

 

「ククク。まあ、そこまでご自慢の裸体を見せつけてえっつーなら、お望み通りたっぷりと堪能してやっても――ぐあっ!」

 

 ヘラヘラと笑う男の顔に向けて、リザは先ほど投げつけられたクッションを思い切り投げ返した。

 

「変態っ! 変態っ! この……変態の早漏野郎っ!」

 

 続けて、置き時計、ぬいぐるみ、雑誌と、近くにあったものを手当たり次第に投げつける。
 双士郎が仰け反った一瞬の隙を見て、リビングを駆け足で横切り、着替えの入っているタンスの元へと向かう。
 同年代の男の前を、バスタオル一丁で、尻丸出しで駆け抜ける。
 羞恥心で顔から火が出そうになるが、リザは歯を食いしばって恥辱に耐えた。
 下着と部屋着を取り出し、猛スピードで脱衣所へと戻る。「おーい、ブラとパンツが揃ってなかったけどそれでいいのかー?」という冷やかしを無視して、大急ぎで着替えを済ます。
 衣服を身につけ、現代人としての尊厳と慎ましさを取り戻したリザは、バン、と勢いよく脱衣所のドアを開いた。ズンズンと大股で双士郎へと詰め寄り、

 

「なんなのよ、あんたは!?」

 

 と、烈火の勢いで叫んだ。顔は真っ赤で息は荒い。
 青い瞳では、羞恥と怒りが炎となって燃え盛っていた。

 

「なんで私の部屋にいるの!? どっから這入ってきたのよ!」

 

「玄関からだよ」

 

「げ、玄関……」

 

「敗戦のショック引きずってるのはわかるけどよ、シャワー浴びんなら鍵ぐらいはかけときな。不用心にも程があるぜ」

 

「……っ。だ、だからって……勝手に入ってきていいことにはならないでしょ。よくも、よくも私を辱めたわね……! 絶対に許さないんだから!」

 

「ククク。そうカッカすんなよ。他の奴に見られたくなかったから忍び込ませてもらったが、俺の目的は覗きでも下着ドロでもねえ。ちょっとお前に話があっただけだ」

 

「話? ふんっ。変態と話すことなんてないわよ!」

 

「いいのか? そうやって意固地になってると――地獄から抜け出すための糸を取り逃がすことになるぜ?」

 

 相手の言葉に耳を貸すつもりはなかった。
 問答無用で部屋から締め出そうと思っていたが――しかし、双士郎がポケットから取り出したものを見て、リザの表情が変わる。

 

「とりあえず、こいつは返しとくぜ」

 

 そう言ってテーブルにバラバラと転がしたのは――六発の魔弾だった。
 魔弾。
 形状やサイズは普通の弾丸と変わらないそれは、魔力増幅装置である。
 悪魔に対抗するために生み出された兵器であり、人類の叡智の結晶。
 適合者は各々の魔力性質に応じて様々な超常現象を引き起こすことができるが、魔機剣に装填した魔弾を消費することで、その威力は、何十倍にも跳ね上がる。
『ソードウォウ』の場合、高校生の大会では一試合六発までとレギュレーションが定まっており、魔弾を用いた大技をどのタイミングで使うか、が重要な戦略となる。

 

「これ、私が使ってる魔弾と同じ……え? あれ? でも、返すって……」

 

 困惑するリザに対し、双士郎はこれみよがしにため息を吐いた。

 

「察しが悪いにも程があんだろ。今までどんだけ平和な世界で生きて来たんだ?」
「う、うるさいわねっ。いいから、ちゃんと説明しなさいよ。どうしてあんたが私の魔弾を持ってるの?」

 

「――すり替えたからだよ」

 

 双士郎は言った。
 恥じることもなく、堂々と。

 

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