
■7月xx日
今月は編集部引越しという大イベントがあるのです。
……といっても同じフロア内で場所を移るだけですけどね。
しかし机の周りが猛烈に片付いていない私にとってはまさに地獄の責め苦(そう、※あの雪崩事件からまったく学習していなかった驚愕の事実が今ここに判明です!)。
荷造り用の段ボールを前に、ただただ途方にくれる日々なのでした。
……四次元ポケット欲しいよう……。
■7月xx日
初めに申し上げておきますが、以下の話はフィクションです。実在の人物・団体とは何の関係もありません。……たぶん。
「どんな名作でも〆切がなければこの世に生を受けることはなかっただろう」という言葉があるくらい大切な「〆切」ですが、世の中では何故だかないがしろにされることも、ままあるようです。何故でしょうね。
そのような場合に必要になってくるのが、いわゆる「催促」です。
作家さんも人間。
最初の予定通りに執筆が進まないことも当然あります。しかし時間は有限なのです。「催促」しないわけにはまいりません。
まず第一段階としてメールで探りを入れてみます。
無反応。
この場合「便りがないのは元気な証拠」とはいきません。すぐに電話をいれてみます。
ずっと留守電。あるいはお客様の都合により電話が使えない状態になっております。
さて、ここからが思案のしどころです。
作家さんによりますが、ラストスパートをかける時、一切の雑音を断って、集中して執筆される方もいらっしゃいます。いわゆる山篭り状態ですね。そんなときに頻繁に催促しても逆効果な場合が多いです。ここは一気にラストまで書いていただいた方が良いのです。そう、ここでは編集の「信じる力」が試されるのです。
……が、残念ながらこれまでの経緯や●●●や×××などによって、「信じる力」の効用が失われてしまった作家さんに対してには次のフェーズに移ることになります(※強調しておきますが、これは「フィクション」ですよ! 「フィクション!」)
それは電報です。
この時代に!? とお思いでしょうが、電報にはすごいメリットがあるのです。それは電報は基本的に手渡しで配達しなければならないので「在宅または不在の確認」ができる、というメリットです(※あと現代ではmixiのログイン時間とか、●●●の●●●とか、×××の×××とかいろいろありますがおっとこれ以上は喋れねえ)。
晴れて電報が届けられたら、作家さんは家にいらっしゃいます。その時点で折り返しご連絡があればいいのですが、なければ最終フェーズ……つまり「家庭訪問」のお時間に移ります。
さすがに過去、この段階まで行った作家さんは数人しかいません。昭和の熱血編集のように夜討ち朝駆けとはいきませんが、これはこれでまた結構大変です。まあ、原稿さえいただければ地の果てまで行きますけどね!
ちなみに一番すごかった作家さんは、私の足音を察知して家全体のブレーカーを落とし、とっさに留守を装う……という離れ業をやってのけられました。……その早業、まさにエスパーかと思いましたよ! 邪気眼なんて目じゃないね!(※二つの意味で!)
でもまあ、その時は玄関のドアが施錠されてなかったので普通に中に入って声かけましたけどね!(笑)
以上、フィクション話でした。決して信じちゃいけませんよ! フィクションですよ!
■6月xx日
お気づきの方はすでにお気づきだと思いますが、GA文庫編集部全員がTwitterを始めました。元締めであるGA_bunkoをご覧いただければ編集部員すべてを一網打尽にできますので、フォローしていただけますと嬉しい限りであります。
内容的には役に立つこと1割、どうでも良いこと8割、アブラ1割ぐらいでお送りしようと思っております(※編集長のみアブラ10割になると思いますが予めご了承のほど)。
■6月xx日
地獄の校了週。
校了週というのは「校正を完了する週」ということで、いわば本作りの最終段階になります。
幾たびもの改稿、外部校正、著者校正を経て、揉まれに揉まれてきた本文ゲラのチェックはもちろんですが、実は他にもチェックすべき項目がてんこ盛りなのです。カバー周り、オビ周りに加えて、奥付やスリップも入念にチェックしないと事故につながりかねません。
え? スリップって何かって? やだなあお客さん、坊主のことですよ、坊主。え? スリップする坊主って意味が判らない? ははあ、お客さん、さてはあんた素人だね。
いや、すいません、実は私も最初はなんのこっちゃ判りませんでした。どの業界でもそうですが、専門用語を最初聞いたときは「?」で頭がいっぱいになりますよね。
さてスリップというのは書籍に挟まっている「補充注文カード」のことを指します。書籍に挟まった状態ですと、ぴょこんと半円状態で紙が飛び出しているため、その姿から「坊主」が連想され、そう呼ばれることもあるそうです。なので、スリップに載っているタイトル名やISBNコード、価格などが間違っているとそれはもう致命的なわけです。この辺りはもう目を皿のようにしてチェックします。
ちなみにこの段階で、本文に(誤字脱字レベル程度ではない)重大な誤りが見つかると大変なことになります。どの作品が、とは言えませんが、過去にはこんなこともありました(遠い目)。
「あれ? このマンション、前の巻の最後で破壊されてなかったっけ? いつの間に直ったの?」
「あれ? ●●(キャラ名)って死んだんじゃなかったっけ? このシーン、●●の墓参りに他の奴と一緒に来てるんだけど!」
ちなみにこれらの作品は刊行前に「奇跡の修正」を施したおかげで、すべて無事出版&流通させることができました。「それでも本は出る」とはよく言ったものですね。
あとカバー・スリップ周りではこんなこともありましたっけ。
「あれ? このカバー、著者名違くね?」
「!(絶句)」
「このカバー、著者名とイラストレーター名抜けてね?」
「!!(絶句)」
「あれ? このスリップ、タイトル違くね?」
「!!!(絶句)」
……「それでも本は出る」のです……。
■6月29日
今日は29(肉)の日。全国的にアブラまみれになることが義務づけられた日です。異論は認めません(※編集部鉄の掟)。
というわけで肉の日半額の某焼肉屋になだれこんで……おや、不思議なことにその後の記憶がまったくありません。楽しい時間というのは本当にあっという間にすぎるものなのですね。
梅雨独特の蒸し蒸しした暑さ。いやですね。
ということで暑気払いにちょっと怖い話でもどうでしょうか。
————
■目撃者の証言
古関守(こぜきまもる)は疲れきっていた。無理もない。昨日の昼から今日の朝までほぼひとりでコンビニの「通し番」をしていたからだ。休憩も、まして睡眠もとれなかった守の肉体はもはや疲労のピークを超えていた。
元気はつらつで登校する小学生の群れとやけに眩しい太陽が、寝不足の頭にはうっとうしいことこの上ない。
「だいたい昨日は朝倉が遅番のはずだろ……。いい加減にしてほしいよな。店長も店長だよ。シフトを組むときにもっと考えてさ……」
愚痴を垂れ流しながら、やっとの思いで守はアパートの近くまで辿りついた。顔をあげるとアパート前で、駐車場の掃除をしている大家のおばあちゃんが目に入った。
しわくちゃの梅干のような顔で、どこに目がついているのか、どこまでが鼻でどこからが口なのか、相変わらずさっぱり判らない風体だ。
守は密かにこの梅干は地球外生命体なのではないかとの疑念を持っていた。
「いつもいつも大変だねえ、おまわりさん。朝から晩までねえ」
「いえ、地域の安全を守るのが、本官の職務ですから」
「あんたみたいないい子がうちの孫だったらねえ……」
梅干は自転車にまたがったままの若い警察官をつかまえて、あれやこれやと世間話をしているようだ。
(捕まると長いからな……)
守は気がつかれないように二人の脇を、気配を消して通り過ぎた。そしてアパートの階段をそっとあがると、自室のドアをあけ玄関に倒れるように転がり込んだ。万年床までほんの2,3メートルの距離しかないが、このまま床で寝てしまいそうな勢いだった。
(あー、でも布団で寝ないと、起きたときあちこち痛くなるからな……)
のそのそと起き上がろうとした時、背後からぴんぽーんという能天気な呼び鈴の音が響いた。
(くそう、誰だよ一体。眠いっつーんだよ、こっちはよ。三限目の基礎演習までには起きなきゃいけないし……)
しぶしぶ開けたドアの向こうに立っていたのは、さきほど梅干に捕まっていた警官だった。
ホームベース型のエラの張った輪郭に太い眉、きつく結ばれた口許に、強い意志を感じさせる真っ直ぐな瞳。
まさに、真面目を絵に描いたらこうなりました、という顔だった。警官になるべくしてなったタイプというべきか。
「あの、なにか?」
「お休みのところ申し訳ありません。実は先ごろ起きました殺人事件の目撃者を探しておりまして……」
差し出されたチラシを見て守は、ああなるほど、と納得した。先週の終わりだったか、このアパートから10メートルも離れていないマンションで一人暮らしの若い女性が惨殺されたのだ。守の寝不足の頭でもはっきり思い出せるほど、それはショッキングな事件だった。しばらくは報道陣や野次馬が大変で、今週に入ってようやくこの近辺も落ち着きを取り戻したばかりだった。
「? どうかされましたか?」
「あ、ああ、すいません! ちょっとここんとこバイトと学校が忙しくて……」
警官がいぶかしげな顔で守を見つめている。どうやら自分が思った以上に、ぼーっとしていたようだ。突っ込まれて、守はあわてて言い訳をする。
本当は今すぐにでも寝たい気分だったが、ここで変な対応をしていらぬ誤解を招いても厄介だ。尽きかけたエネルギーを振り絞って、守はできるだけ真摯に、はきはきと対応する。
「わかりました。それでは何か思い出されたりしましたら、ぜひこちらまでご連絡を」
一通り話が済んだあと、警官はチラシの電話番号を指差し、礼儀正しく敬礼をしてドアを閉めた。しばらくしてお隣の呼び鈴が鳴る音が聞こえたが、すぐに布団にもぐりこんだ守はすでに夢の中だった。
それから一週間。
相変わらず寝不足の頭を引きずってアパートに着いた守は、冷蔵庫の中からごそごそと饅頭を引っ張り出していた。それはおととい梅干からもらったもので、どこぞの高級和菓子らしかった。梅干がお土産をくれるなんてめずらしいこともあるもんだ、と思ったが、万年金欠・食料不足の守はありがたくいただいておくことにした。
発泡酒とコンビニの賞味期限切れのお弁当をたいらげ、饅頭にとりかかった守は何気なくテレビをつけた。ちょうどニュースをやっている。ぼーっとしたまま見ていると、以前ご近所を騒然とさせた殺人事件の犯人逮捕のニュースが流れ始めた。
(へえ、捕まったんだ。良かったな)
しかし犯人の写真が画面に映し出された瞬間、守は思わず食べかけの饅頭を落としてしまった。その写真に写っているのは、ほかならぬ、この部屋に聞き込みに来た警官だったからだ。
アナウンサーが淡々とした声で「逮捕されたのは佐々木雄一、26歳、無職……」とニュース原稿を読み上げている。
(どういうことだ? ニセ警官? なんで? まさか?)
そこまで考えて守は、はたと思い当たった。
(そうだ、こいつは目撃者を捜して……見つけて……殺すつもりだったんだ!)
あの時、もし変な対応をしていたら……そう思うと守は生きた心地がしなくなった。
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はい、お話はこれでおしまいでーす。最後までお読みいただき、ありがとうございました! わりと有名な都市伝説をベースにして書いたので、元ネタ知ってる人がいたらすいません。
さてさて、ちょっとは涼しくなりましたでしょうかー?
ちなみに体感温度を1度下げると、人体からのCO2排出量が13%減るそうですよ。エコですね。もちろん嘘ですよ!
■6月xx日
最近歳のせいか物忘れが激しいです。
いや本当に冗談でなく、メガネをしたまま「メガネどこやったっけ?」をやってしまうレベルなので結構やばい自覚があります。
ということで貴重品はすべてベルトにぶらさげる、ストラップ仕様で所持することにしています。
現在、カギと携帯と電子辞書と財布をそのようにして持っているので、腰回りはヒモ(=ストラップ)だらけの状況。
我ながらじゃらじゃらヒモつけてみっともないという自覚はあるのだけれど、電子辞書を忘れてしまった前科があるだけにつけたくないとも言えず……。
逆に考えましょう。
「すべてを覚えていたら生きていけない。人は忘れることで生きているのだ」と。
皆さん、そうは思いませんか?
悲しいこと、辛いこと……すべてを事細かに、微に入り細を穿つレベルで記憶を保っていたらとても精神がもたないはずです。思い出すたびに新たに傷をえぐられるわけですから。
それを日薬(ひぐすり)によって忘れることができるからこそ、私たちは日々を生きていけるのです。
そう、「忘却」とは人間が本来持っている防衛機構、広い意味での心の自然治癒力なのですよ!
……100人中、3人ぐらいはだませた自信があります。
とりあえずこれ以上ヒモが増えないことを祈るばかりです。
■6月xx日
イラストレーターRさん、漫画家Wさんとそれぞれ初の打ち合わせ。
今秋から始まる新シリーズのイラストをお願いさせていただいているので、顔合わせも兼ねてそのイメージの詰めがメインです。
いろいろとお話をさせていただく段階で、「そうか、●●(キャラ名)はこんな表情をする娘だったんですね!」とか「ああ! なるほどその絵づらはいいですね、これは思いつかなかった!」などなど、新しい発見がその場で次々出てくる瞬間はやはりワクワクしますね。
普段はメールや電話でやりとりをすることが多いですが、やはり実際に顔を会わせて直接打ち合わせる……というのは大事だと思います。
現場の編集作業はデジタルがほとんどですが、人間同士、やはりアナログな部分をもっと大事にしていかないといけないな~と切に思う今日この頃です。
■6月xx日
うちのこどもはトマトが大好きです。でもトマトジュースは大嫌いです。
ある日なんでトマトジュースがそんなに嫌いなのか、訊いてみました。
「味がトマト過ぎるから!」
あはははは。何を言ってるんだお前は。あはははは。
……ひとしきり笑ってから気がつきました。
こいつ、案外深いこと言ってるんじゃないかと。
これは「過ぎたるはなお及ばざるが如し」の具体例じゃないかと。論語じゃないかと!
本人はまったくそんな自覚はないと思いますが、こどもはたまに深いことをさらりと言ってこちらをびっくりさせてくれます。深すぎて判らないこともたびたびですが。
遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
梁塵秘抄(りょうじんひしょう)に収められたこの歌を、まさに地でいくこどもの姿を見せてもらえるのは、とてもありがたいことだと思うのでした。オイタもいっぱいするけどな!
