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 第一章 弱肉凶食②

 

 

 永い永い戦いがあった。

 

 攻魔騎士と悪魔の、血で血を洗う凄惨な戦争。

 

『時の悪魔』
『東からの災厄(フロムイースト)』
 あるいは、ただ単に『悪魔』

 

 太平洋の中心を縦断する日付変更線――時を分かつ線より西に向けて現れる異形の化け物達は、そんな風に称された。
 時を隔てる線より召喚される悪魔達は、世界各地に破壊と混乱をもたらし、理解不能の災厄として人々を恐れさせた。

 

 そんな悪魔達から人類を守るために戦ったのが――攻魔騎士と呼ばれる者達。

 

 攻魔騎士――全人口の一割と言われる適合者の中で、悪魔に対抗できるだけの戦闘技能を身につけた者の総称である。

 

 東方より訪れる災厄に対抗するために、世界各国の政府や企業は一丸となって手を組んだ。その結果生まれたのが、『メルクリウス』という、攻魔騎士を管理・育成するための国際機関である。
『メルクリウス』に属する攻魔騎士達は、悪魔から世界を守るために命懸けで戦い続けた。人類と悪魔の闘争は熾烈を極め、多くの命が散ることとなったが――

 

 今から五十年前。
 戦争は――人間側の勝利で幕を閉じた。

 

 太平洋に浮かぶ烏島という名の無人島で『悪魔王(サタン)』を滅ぼしたことにより、全ての悪魔が灰となって消滅し、以来、日付変更線より悪魔が現れることはなくなった。
 もう、日の昇る方角からの脅威の怯える必要はない。
 誰もが待ち望んだ、平和な時代が訪れた。

 

 戦後五十年、『メルクリウス』は様々な戦後復興活動に取り組んだが――
 その中で最たる成果を上げたものが、『ソードウォウ』である。

 

 攻魔騎士同士が武器を手に戦い合うバトルエンターテイメント――『ソードウォウ』は、今や世界で最も多くのファン人口を誇る格闘競技となった。Eリーグのトッププロともなれば、年収ウン十億という選手もザラに存在する。

 

 年に一度、烏島で開かれる高校生(アンダー18)大会の最高峰――『祓魔祭』も、トップリーグの試合に負けず劣らずと人気と観客動員数を誇り、多くの学生がその舞台を目指して日夜鍛錬に励んでいる。

 

 リザ・クロスフィールドも、その一人である。
 いや、一人だった、というべきか。

 

『一年で結果を出せなかったら――一年時に「祓魔祭」に出場できなかったら、もう二度と家の決定には逆らわない』

 

 そう豪語して実家を飛び出して来た彼女にとっては、今年が最初で最後のチャンスであった。
 だが、彼女の夢と野望は、あまりにも早い段階で潰えてしまった――

 

「…………」
 気がつけばリザは、女子寮の自室に戻ってきていた。
 どうやって帰ってきたのかほとんど覚えていない。
 放送部や野次馬が、敗北について根堀り葉掘り訪ねてきた気もするが、全てうろ覚えであった。
 後ろ手でドアを締め、手に持っていた魔機剣はその辺に立てかける。
 控え室にも寄らずに来たため、格好はGPスーツのままだった。適当に脱ぎ捨てて全裸となり、フラフラと安定しない足取りで浴室へと向かう。
 給湯温度を高めに設定し、熱いシャワーを頭から浴びて試合の汗を流した。
 と言っても、大した汗はかいていないが。

 

「……っ」

 

 最低の試合だった、と思う。
 全力を出したわけでも、死力を尽くしたわけでもない。歯車が噛み合わぬまま、エンジンに火が入らぬまま、いつの間にか試合が終わっていた。

 

「……なんで」

 

 滴る水滴と共に、唇から無念が零れていく。

 

「なんで、どうして……こんなはずじゃ……なんで……?」

 

 リザは深い混乱から未だに立ち直れずにいた。頭を埋め尽くすのは、自分の全てを否定したような嘲笑だけ――

 

「阿木、双士郎……なんなのよ……なんなのよっ、あいつは~~っ!」

 

 己を下した男の名を叫び、ダン、とシャワールームの壁を叩く。

 

 油断してなかった、と言えば嘘になるだろう。

 

 過去の実績や資質検査の結果を見る限り、なにもかもが最低ランクの男だった。
 嫌に目を引く不気味な白髪以外、特徴も特筆すべき点もない。
 実際に相対してみても、強者特有のオーラなどは全く感じなかった。

 

 しかしリザは、そのどう見ても強そうに見えない男に――完全試合を喰らった。

 

 敗北。
 それも、校内選抜戦、の予選会、の初戦敗退。
 結果だけ見れば――最低以外のなにものでもない。
 なに一つとして実績を残せぬまま、リザの一年度の夏は終わった。

 

「…………」

 

 絶望的な状況にもかかわらず、どうにも絶望しきれない。消化不良な気持ちのまま、リザはシャワーを止めて浴室から出た。
 バスタオルを手にとって体を拭いていく。
 顔を拭き、髪を拭き、全身を拭き、最後に湿気が溜まりやすい乳房の下の部分を念入りに拭いたところで――着替えを忘れたことに気づいた。

 

「あー……。えっと、カーテンは閉めてたわよね」

 

 バスタオルで体の前だけを隠すようにして、リザは浴室からリビングに向かう。
 水気を含んだ生地が肌に張り付き、肉付きのいい体が強調される。
 ある意味裸よりも卑猥な絵面となってしまったが、同居人もいない一人暮らしの女子寮の自室ならば、なんの問題はない――はずだったのだが。

 

「よォ」

 

「……へ?」

 

 いるはずのない者が、部屋にいた。

 

 我が物顔でリビングのソファでふんぞり返っているのは――阿木双士郎。
 ほんの数十分前に、リザから全てを奪い去った男。
 GPスーツから着替えてはいるが、似たような黒尽くめの私服。日本人としての最低限のマナーか、靴はきちんと脱いでいる。
 唐突過ぎる来訪者――いや侵入者に、リザが硬直したことは言うまでもない。

 

「また会ったな、馬鹿おっぱい」

 

 バスタオルを纏っただけのリザの裸体を目撃しておきながら、双士郎は狼狽えることもなく、不敵な笑みを漏らすだけだった。

 

「……ひっ。い、いやぁ――ぶっ!」

 

 真っ白になっていた頭がようやく現状を理解し、侵入者に対する恐怖と羞恥から悲鳴をあげそうになるが――その寸前、顔面にクッションを投げつけられた。

 

「騒ぐな。みっともねえ」

 

「……くっ! な、なにやってんのよ、あんた!?」

 

「なにって、不法侵入?」

 

 悪びれもしない双士郎。
 あまりのふてぶてしさに、リザは頭が沸騰しそうになる。

 

「心配しなくても、お前の貞操が目的じゃねえよ。そのだらしねえ体が目的なら、古典ホラーよろしくシャワー中に襲いかかってたさ」

 

「だ、だらしない!? 私の体が……だらしないですって!?」

 

「体脂肪率20パー弱ってとこか? デブじゃねえが、アスリートにしちゃ少々肉付きがいい方だな」

 

「じ、自慢じゃないけどねっ! け、けっこういい体してるはずよ、私は! 女友達から『脱いでも脱がなくてもすごい』って褒められたこともあるし……グラビアのオファーだって、全部断ってるけど、何十回もあったんだからっ!」

 

「どうでもいいけどよ、あんまり熱弁振るってると、いろいろ見えちまうぜ?」

 

「~~~~っ!」

 

「ククク。まあ、そこまでご自慢の裸体を見せつけてえっつーなら、お望み通りたっぷりと堪能してやっても――ぐあっ!」

 

 ヘラヘラと笑う男の顔に向けて、リザは先ほど投げつけられたクッションを思い切り投げ返した。

 

「変態っ! 変態っ! この……変態の早漏野郎っ!」

 

 続けて、置き時計、ぬいぐるみ、雑誌と、近くにあったものを手当たり次第に投げつける。
 双士郎が仰け反った一瞬の隙を見て、リビングを駆け足で横切り、着替えの入っているタンスの元へと向かう。
 同年代の男の前を、バスタオル一丁で、尻丸出しで駆け抜ける。
 羞恥心で顔から火が出そうになるが、リザは歯を食いしばって恥辱に耐えた。
 下着と部屋着を取り出し、猛スピードで脱衣所へと戻る。「おーい、ブラとパンツが揃ってなかったけどそれでいいのかー?」という冷やかしを無視して、大急ぎで着替えを済ます。
 衣服を身につけ、現代人としての尊厳と慎ましさを取り戻したリザは、バン、と勢いよく脱衣所のドアを開いた。ズンズンと大股で双士郎へと詰め寄り、

 

「なんなのよ、あんたは!?」

 

 と、烈火の勢いで叫んだ。顔は真っ赤で息は荒い。
 青い瞳では、羞恥と怒りが炎となって燃え盛っていた。

 

「なんで私の部屋にいるの!? どっから這入ってきたのよ!」

 

「玄関からだよ」

 

「げ、玄関……」

 

「敗戦のショック引きずってるのはわかるけどよ、シャワー浴びんなら鍵ぐらいはかけときな。不用心にも程があるぜ」

 

「……っ。だ、だからって……勝手に入ってきていいことにはならないでしょ。よくも、よくも私を辱めたわね……! 絶対に許さないんだから!」

 

「ククク。そうカッカすんなよ。他の奴に見られたくなかったから忍び込ませてもらったが、俺の目的は覗きでも下着ドロでもねえ。ちょっとお前に話があっただけだ」

 

「話? ふんっ。変態と話すことなんてないわよ!」

 

「いいのか? そうやって意固地になってると――地獄から抜け出すための糸を取り逃がすことになるぜ?」

 

 相手の言葉に耳を貸すつもりはなかった。
 問答無用で部屋から締め出そうと思っていたが――しかし、双士郎がポケットから取り出したものを見て、リザの表情が変わる。

 

「とりあえず、こいつは返しとくぜ」

 

 そう言ってテーブルにバラバラと転がしたのは――六発の魔弾だった。
 魔弾。
 形状やサイズは普通の弾丸と変わらないそれは、魔力増幅装置である。
 悪魔に対抗するために生み出された兵器であり、人類の叡智の結晶。
 適合者は各々の魔力性質に応じて様々な超常現象を引き起こすことができるが、魔機剣に装填した魔弾を消費することで、その威力は、何十倍にも跳ね上がる。
『ソードウォウ』の場合、高校生の大会では一試合六発までとレギュレーションが定まっており、魔弾を用いた大技をどのタイミングで使うか、が重要な戦略となる。

 

「これ、私が使ってる魔弾と同じ……え? あれ? でも、返すって……」

 

 困惑するリザに対し、双士郎はこれみよがしにため息を吐いた。

 

「察しが悪いにも程があんだろ。今までどんだけ平和な世界で生きて来たんだ?」
「う、うるさいわねっ。いいから、ちゃんと説明しなさいよ。どうしてあんたが私の魔弾を持ってるの?」

 

「――すり替えたからだよ」

 

 双士郎は言った。
 恥じることもなく、堂々と。

 

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GA文庫ブログをご覧のみなさま!
野生のかた焼きそばだYO!
実家が農家のもんで、ついこのあいだまで田植えに勤しんでしました!


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ほんまに野生やないか!!
白鳥先生、『のうりん』の資料に使ってもらえませんか?!

そんな田植え焼けの野生のかた焼きそばが今回、ご紹介するのはGA文庫のレビューPOPだYO!

もうご覧の皆様もいるかもしれませんが、


『ゴブリンスレイヤー』
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『中古でも恋がしたい!』

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『りゅうおうのおしごと!』

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『超人高校生は異世界でも余裕で生き抜くようです!』

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この4作品のレビューPOPを展開中!
読者の皆様から頂いたレビューもあれば、現役書店員の方々から頂いたレビューもあります!

POPでレビューを見て、購入のきっかけになってくれればありがたいですYO!
そのほか既読者の人は自分と同じ意見や違う角度の意見を探してみても楽しいZE!
さあ、書店へGO!

 

※書店関係者の方でPOPがご必要な方はSBクリエイティブ 営業課までお問い合わせ下さい。

 こんにちは。
 珈琲は豆から挽く派の編集Tです。
 さて本日は6月刊行のGA文庫&GAノベル新シリーズの魅力をスペシャルPVでご紹介させていただきます! 購入特典情報と試し読みもありますのでぜひお気軽にクリックしてくださいませ~。


『29とJK ~業務命令で女子高生と付き合うハメになった~』

(著:裕時悠示 イラスト:Yan-Yam)

目つきは怖いが会社では一目置かれている29歳社畜・槍羽鋭二。
ゲームや漫画が好きで、休日のネカフェを癒やしに日々を生き抜いている。

ある日、槍羽は《あること》で説教した女子高生・南里花恋からコクられてしまう。
14も年下とは付き合えないとキッパリ振るが、
後日社長から呼び出され――「業務命令。孫の花恋との交際を命ずる」。

なんなんだこの会社!? 絶対に辞めてやる! (入社以来17回目)
だが始まってしまうJKとの交際。妹が、元カノが、会社の部下が、世間の目が槍羽の前に立ちはだかる!

29歳とJK、〝禁断の〟年の差ラブコメ、はじまる!

 

 

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俺修羅11巻との同時購入特典情報はこちらです!
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『最強喰いのダークヒーロー』
(著:望公太 イラスト:へいろー)

「こんなの、反則じゃない! 」
「ククッ。勝ちゃあいいんだよ」
『ソードウォウ』――世界を熱狂させる新時代の異能競技。
最弱の無名選手・阿木双士郎は、最強の新入生リザを初戦で下してみせた――許されざる卑怯な手によって。

騙し、あざむき、裏をかき、奇策にハメて突き落とす。
勝つためにあらゆる術を尽くす冷徹な勝負師・双士郎は、
「行くぜ、馬鹿おっぱい」
「それって まさか私のこと!?」
リザを手駒に加え、悪魔的な策略と詐欺で、平和ボケした最強共を容赦なく喰らい尽くしていく。

最弱の男が最悪の頭脳で頂点へ。
常識を嘲笑う悪党が魅せる、カタルシス満点の痛快大物喰い、開戦!!

 

 

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『神様に転生 千万回死んだら異世界で神になりました』
(著:天乃聖樹 イラスト:こちも)

「おめでとうございます! 1000万回死亡しました。神様に転生です! 」

天使の美少女セフィロスの導きで異世界最強の神に転生したサダメ。
圧倒的な神のパワーと、世界システムを書き換える権利を得たサダメは、
新たなる天地創造という壮大なスケールの使命を託されたのだが――

「俺はこの世界に美少女信者のハーレムを築いてみせる……絶対にだ! 」
「いやいやいやいや! それは神様のお仕事じゃないですよね!?」
「世界なんて知るか! 俺はとにかく美少女にモテまくりたいんだよ!!」

ついでに食用生物を創造したり、古代竜を一撃で下して手懐けたりと、神級チートでハーレムゲット!?
可愛い天使と送る笑いと感動の神様・天地創造ファンタジー!!

 

 

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 またGA文庫&GAノベル全体の今月の新刊もPVでご覧いただけます。チェケラ!

 

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 第一章 弱肉凶食①
『ソードウォウ』高校生大会の個人戦では、競技時間は十五分(ワンクオーター)と定められている。
 時間内に互いの『的』を破壊し合い、試合終了の時点でより多くの得点を得た方が勝者となる。両手両足の『的』は一点で、胸の『的』は五点。同点の場合はサドンデスとなり、それでも決着が着かなければ判定勝負となる。

 

 リザ・クロスフィールドのデビュー戦も、当然十五分の制限時間で行われたが――結果から言ってしまえば、試合は十分も経たないうちにケリが着いた。

 

『パ、完全試合(パーフェクトゲーム)……』

 

 震えた実況の声が、闘技場に響き渡る。
 観客席上部にあるスコアボードは、選手の『的』とセンサーで繋がっており、両者の得点状況が随時表示される。五芒星に似た図形の一つ一つが『的』と連動しており、『的』が破壊されると灯りが消える仕組みだ。

 

 現在スコアボードでは、片方の選手の灯りが五つ全て消え、そしてもう片方の選手の灯りは五つ全て灯ったままだった。

 

 それが意味することは――

 

『なんと、なんと、勝者は……阿木双士郎選手。自分の「的」を一つも破壊させずに、クロスフィールド選手の五つの「的」を全て破壊……。いわゆる、完全試合です……。しかし、これはいったい……』

 

『な、なんて言えばいいのかな……』

 

 闘技場は静まり返っていた。
 思いもよらぬ結末に、まるで予想していなかった大番狂わせに、誰一人としてまともな感想を口にすることができない。
 試合を見た全ての者が深い混乱に陥っていた。
 しかし混乱の度合いで言えば――記念すべきデビュー戦で完全試合を喰らってしまったスーパールーキーが陥った混乱は、観客達の比ではなかった。

 

(負け、た……?)

 

 結果だけ見れば、完全敗北以外のなにものでもない。
 しかしリザは自分の敗北を、まるで受けいられずにいた。

 

(負け……? え……? なにこれ……? こんなことって……)

 

 わからない。

 

 なにがなんだかわからない。

 

 自分がなぜ敗北したのか、全くわからない。 

 

 未熟さと傲慢さ故に敗北を受け入れられないわけではなく――戦場でなにが起こったのか全くわからなかったのだ。
 気がついたら負けていた。
 負けた、という実感がまるでない。悔しさも惨めさも湧いてこない。
 試合終了のブザーも、スコアボードに表示された対戦結果も、なにもかもが他人事のように感じる。 

 

(おかしいわよ、こんなの……)

 

 もしも――対戦相手の男が実はとんでもない強者で、今までずっと隠していた実力を発揮して自分を圧倒した、という話ならばまだ納得できる。
 だが、そうではない。
 相手の男は――決して強くはなかった。
 彼が強かったわけではなく、リザが――

 

『いやー……なんとうか、奇妙な試合でしたね……。パッとしないというか、見栄えしないというか。阿木選手は、フレアのために一発魔弾を使っただけで、クロスフィールド選手に至っては、魔弾を一発も消費していません。純粋な体術だけの決着となったわけですが、その体術にしても……』

 

『うーん……リザちゃんも、初戦だから緊張してたのかな? 明らかに動きが悪かったね。とてもじゃないけど、欧州の中学生覇者とは思えない』

 

 そう。相手が強かったわけではない。

 

 リザが――弱かったのだ。

 

 普段通りの動きを一切できず、困惑と動揺が解消せぬうちに五つの『的』を破壊されてしまった。欧州の∪15の大会で優勝を手にした彼女の実力は――国際攻魔騎士管理機関『メルクリウス』より『閃雷』の二つ名を授かった彼女の真価は、なに一つ発揮することができなかった。
 まるで、悪い夢でも見ていたような――

 

「……え?」

 

 ステージに跪いて顔を伏せていた彼女は、ふと顔を上げる。
 自分に勝利した阿木双士郎が、すぐそばまでやって来ていた。白濁した白髪の隙間から覗く眼が、リザを見下ろす。

 

「な、なによ……?」

 

 警戒と敵愾心を露わにしたリザを無視して――双士郎は片手で顔を覆った。
 やがて、彼の体が徐々に震え始める。

 

「……ク、クク、ククク」

 

 顔を覆う掌から、音が漏れる。
 ずっと沈黙を保っていた口から零れたのは――笑い、だった。
「ククク……ククッ、クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカァ――ッ!」
 哄笑。

 

 

 

 静まり返る闘技場の中心で、彼は一人、声を上げて笑う。
 大口を開け、犬歯を剥き出しにして、腹の底からゲラゲラと大笑いする。
 この世の全てを見下し、蔑み、嘲笑するかのように――

 

「クカカカカカカッ、ククク……どうだよ、リザ・クロスフィールド。早漏だって馬鹿にしてた男にイカされちまった気分はよォ?」

 

 ようやく笑いを収めたところで、双士郎は酷く愉快そうに言葉を紡いでいく。

 

「これが十年に一人の天才と謳われた『閃雷の騎士』かよ? はっ。大したことねえなあ。期待外れもいいとこだ。強い弱い以前に、勝負ってもんを根本的にわかっちゃいねえ。ただの雑魚じゃねえか」

 

「なっ!?」

 

 失礼極まりない言葉の連続に、リザはキッと相手を睨みつけた。

 

「ざ、雑魚ですって!? こ、この私が……」

 

「ああ、雑魚さ。雑魚で不服なら……まあ、カモってとこかな? 簡単に勝ち星を提供してくれる、実に美味しいカモだ。頭の方も鳥並みにスカスカみてえだしな。クク。栄養全部でけえ乳に行ってんじゃねえのか?」

 

「っ!?」

 

 品のない罵倒に、カァ、と頬が熱くなる。リザは跳ねるように立ち上がり、相手へと詰め寄った。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ! もう一回、もう一回勝負よ! こんなの……あり得ない! この私が、あんたみたいな早漏に負けるはずないのよ! 絶対なにかの間違いだわ……ちゃんと本気で戦えば、今度は――」

 

「もう一回? 今度? クク。どこまで甘ちゃんなんだかな、このお嬢様は? 生きるか死ぬか、勝つか負けるか……真剣勝負の世界じゃ、泣きの一回は存在しねえんだよ。勝負をナメるのも大概にしな」

 

「だ、だって――」

 

「いつまで恥を重ねる気だよ、馬鹿おっぱい。これ以上口を開けば開くだけ、自分が言い訳しかできねえ無能だって周囲にアピールするようなもんだぜ?」

 

 リザは口を噤み、ギリギリと歯を食いしばった。
 なにも言い返せなくなった彼女を見て、双士郎はさらに笑みを深くする。

 

「クカカカカッ! 無様だねえ、リザ・クロスフィールド。てめえもいろいろと事情抱えて戦ってたんだろうが、この一回の敗北で全てがパーだ」

 

 勝者は敗者を、ひたすらに罵倒し続けた。

 

「お前は強い。俺よりもはるかに強い。だが――今日勝ったのは俺だ」

 

 そんな勝利宣言を述べた後、双士郎は再び、堪え切れんとばかりに笑い出す。闘技場全てに響き渡るような大音量の嘲笑を撒き散らしながら、彼は姿を消していった。

 

 残されたリザは、悪魔のように嗤う男の背を、呆然と眺めることしかできなかった。

 

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最強喰いのダークヒーロー

作者:望公太

 
 世界中の学生『攻魔騎士』が青春のすべてをかける異能武闘――『ソードウォウ』。その大会に、圧倒的な連戦連勝、世紀の大番狂わせを起こすダークホースが現れた。その名は阿木双士郎。卑怯・卑劣とそしられようと、勝つためにあらゆる手段を尽くす最弱にして完勝の男。

 この物語は、そんな双士郎が弱者のまま頂点へ至る、悪党主人公のジャイアントキリングストーリーである。


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 プロローグ

 少年にはなにもなかった。

 選ばれし者ではなく、持たざる者だった。

 

 生まれながらの落第者で、笑えるほどの敗北者だった。

 

 どんなに手を伸ばしても届かない。

 

 足掻いても足掻いても報われない。

 

 頂点に立つに相応しき血筋に生まれ、『最強』の名を恣(ほしいまま)にする存在から徹底した指導を受けたにもかかわらず――凡人の域にすら達しなかった。

 

 どうしようもないまでに才に恵まれなかった少年は、とうとう劣等の枠から抜け出すことはできなかった。

 

 運命はあまりに無慈悲で、世界はあまりに残酷だから。

 

 少年は己の無能を嘆き、無責任な周囲に絶望し、非情な運命を呪い――
 そして、世界に復讐することを誓った。
 凡人は天才には勝てない。

 

 弱者は強者に勝てない。

 

 そんな必然の理へと反旗を翻し、不安定に秩序だった世界を虚仮にする。

 

 残りの生の全てを、ただ復讐のためだけに費やすことを決めた。

 

 そのためならば、手段は一切問わない――

 

     ≠

『常夜島』

 

 太平洋にポツンと浮かぶ人工の島は、軍事拠点だった頃の名残でそう呼ばれていた。
 半世紀ほど前までは死と闘争で溢れ返っていた島も、今では様々の企業による再開発が進み、多くの人間が暮らす海上観光都市として賑わっていた。

 

 その島の東端には――広大な敷地面積を誇る学園がある。

 

 島面積のおよそ百分の一を締める巨大学園は、名を私立聖海学園という。
 有能な攻魔騎士を育成するために作られたその学園は――本日、熱狂の始まりを迎えようとしていた。

 

『――さあ! 今年も血沸き肉躍る季節がやってまいりましたよ、ご学友の皆様! 全世界の学生攻魔騎士が覇を競い合って頂点を決する武の祭典――「祓魔祭(カーニバル)」! その出場選手を決定するための校内選抜戦――その予選が、本日よりスタートです!』

 

『わー、ぱちぱちー』

 

『悪魔との戦争が終結して早半世紀……記念すべき戦後五十周年となるこの年に、校内選抜戦を勝ち抜いて、我が校の代表者となるのは果たしてどの生徒なのか!? あ。ちなみに、今日の第四闘技場(スタジアム)の実況は不肖私、二年、文倉燕(ふみくらつばめ)が勤めさせて頂きます! 解説は……聖海学園序列六位にして、我が校が誇る大人気アイドル、「かみゅーん」こと、神峰弓(かみねゆん)様に来ていただきました!』

 

『ちょ、ちょっと止めてよ、燕ちゃん。そういうの恥ずかしいからさ……』

 

 実況席に座る二人の女子の声が、円形の闘技場へと響き渡る。
 潮の匂いを孕んだ風が優しく通り抜ける観客席には、満員とまでは行かないが、それなりの数の生徒が座っていた。

 

『思いの外生徒が多いですねー。上位序列入り(ランカー)が出ない予選なんて、席の四分の一も埋まればいい方なんですが。これはやはり、今夏歌手デビューも決定している「かみゅーん」の美声を聞こうと、集まった者が多いのでしょうか?』

 

『もうっ、違うでしょ、燕ちゃん!』

 

『あはは。失礼致しました。そうですね。「かみゅーん」ファンの方もいなくはないようですが……多くの方の目的は、やはり彼女のようですね』

 

 実況者の言うとおり、すり鉢状の観客席に集まった生徒達が向ける視線は、アリーナの中央に立つ一人の少女へと集まっていた。

 

 美しい少女である。

 

 迸る雷光を思わせる金色の髪と、凛とした眼差し。まだどこか幼さが残る顔立ちだが、ピッチリとしたGP(ゲームプレイング)スーツに包まれた肉体は女性特有の起伏の激しく、なんとも言えない妖美さを醸し出していた。

 

 攻魔騎士同士が武器を手に戦う格闘競技――『ソードウォウ』の公式規定(オフィシャル)に則り、彼女の体には五つ『的(ライフ)』が装着済み。

 

 右手、左手、右足、左足、そして胸部。

 

 手枷にも似た『的』が装着された右手には、華美な装飾が施された細剣が握られている。これもまた大会規定に則った、六連の魔機剣(リボルバー)であった。

 

『「閃雷の騎士(オブライトニング)」リザ・クロスフィールド! 今年聖海学園に入学した話題の新入生です! みなさんもご存知の大企業――クロス社のご令嬢にして、昨年度の欧州中学生大会の覇者! 鳴り物入りのスーパールーキーの初戦に、多くの生徒が興味津々のようですね』

 

「……ふん。くだらない」

 

 華やかな美貌を誇る少女――リザは、大音量で語られる自分の情報に対して、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「経歴や生い立ちなんて、なんの意味もない。戦場(ここ)に立つ以上、勝った負けたの結果だけが全てなんだから」

 

 一人呟いた後、対戦相手の男へと視線を移す。
「聞いたわよ、あんた――早漏なんですってね?」
 その口元には、茶化すような笑みがあった。

 

「なんでも、全っ然保たなくて、すぐに終わっちゃうとか……。はん。男のくせに情けないわね。棄権するなら今のうちよ?」

 

「…………」
 挑発を受けても無言を通すのは――オセロのような風体の男であった。
 全身は黒尽くめ。五つの『的』を装着したGPスーツも、手に持つ六連の魔機剣も、黒一色で統一されている。

 

 対して頭髪は――白。

 

 色素という色素が抜け落ちてしまったかのような、白い髪。どこか薄汚れた印象を受ける白濁した髪色は、燦然と煌めくリザの金髪とは対照的であった。
 白と黒のコントラストが際立つ風貌の男は、そよぐ風に白濁した長い髪を揺らしつつ、幽鬼の如く戦場に佇んでいた。

 

『大注目のクロスフィールド選手の対戦相手は……三年生の阿木双士郎(あぎそうしろう)選手です。えーっと、阿木選手には関しては一切の情報がありません。というのも、彼はこの三年間、一度として戦っていないからです』

 

『一度も?』

 

『はい。公式非公式含めて、一度も。校内選抜戦にエントリーしたのも、最終学年となった今回が初めてですね。というか彼の場合、攻魔騎士としての才覚や技倆の問題で、選手として戦えるレベルに達していないようで……』

 

『ふうん』

 

『適合者(キャリア)資質は、最低のカテゴリE。授業の成績も散々。基礎技能であるフレアの発動時間があまりにも短いせいで、一部では「早漏騎士」と揶揄されているとか……』

 

『あー、聞いたことあるかも。三年に、そういう先輩がいるって』

 

『こう言ってはなんですが……阿木選手は、おそらく思い出作りが目的かと思われます』

 

『なるほどねー。でも、思い出作りだとしても精一杯頑張って欲しいなあ。最後まで諦めなければ、奇跡が起こるかもしれないもんね』

 

『そうですね。阿木選手にも、どうにか奮闘して欲しいところです。スーパールーキー相手に、「的」の一つでも破壊できたら立派なものだと思います』

 

 実況席の二人は、まるでリザの勝利が確定しているような発言を繰り返す。
 そう考えているのは彼女達だけではないだろう。
 会場にいる者の大半が、リザ・クロスフィールドの――いずれ自分と戦うかもしれないライバルの初戦を見るべくして集まった者達だ。

 

 すでに決している勝敗など、誰も興味はない。

 

「ふん。思い出作りだかなんだか知らないけど、私はそういう甘ったれた考えで戦場に立つ奴が一番嫌いなのよ」

 

 攻撃的に言い放ち――そしてリザは、体内で練り上げた魔力を一気に解放した。
 黄金に輝くオーラが、彼女の全身を包み込む。
 頭から爪先まで魔力が行き渡り、肉体を構成する全ての細胞が活性化。体外に放出した魔力は、淀みなく体表を循環する。

 

『おーっとクロスフィールド選手、なんと魔弾を消費せずに魔力解放(フレア)の状態となりました! 全国レベルでは必須技能と言われる、魔弾不使用(ノーバレット)のフレアですが……さすがは欧州の覇者、なんなくやってのけてくれます』

 

『綺麗なフレア……。「攻魔騎士はフレアに始まりフレアに終わる」とも言われるけど、今の一連の魔力の流れを見ただけで、彼女が一流だってことがよくわかるね』

 

 体内で渦巻く魔力を動力源とし、体外に迸る魔力を鎧と化す。

 

 悪魔の到来より世界に溢れた魔の力と適合できた人間――適合者(キャリア)にのみ許された、攻防一体の戦闘技法。それこそがフレアである。

 

「この国にはこういうことわざがあるらしいじゃない? 『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』とか。ふふん、いい言葉ね。私も、相手がどんなに雑魚だろうと決して手を抜いたりはしないわ。けちょんけちょんに叩き潰してやるから覚悟しなさい!」

 

「…………」
 白髪の男は、やはり口を開くことはなかった。
 やがて時刻となり、試合開始のブザーが、開戦の合図を告げる。
 聖海学園一年・リザ・クロスフィールド。
 聖海学園三年・阿木双士郎。

 

 双方にとって高校デビューとなるその戦いが――全ての始まりだった。

 

 これより世界は、阿木双士郎という名の『最悪』を知る。

 

『最弱』で『最低』な、『最悪』の存在を思い知らされる。

 

 高等学校最高学年の夏。
『ソードウォウ』高校生世界大会――『祓魔祭』に出場するための、最初で最後の機会。

 

 この一夏のためだけに、彼は全てを賭けてきた。

 

 不出来な劣等生と蔑まれようとも、『早漏騎士』と陰口を叩かれようとも、物言わぬ木偶の坊のような学生生活を送りながら――虎視眈々と牙を研ぎ続けてきた。
 我が物顔で闊歩する大物共の喉元に、深々と突き立てるための牙を――

 

 

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